喜怒哀楽の爆発が魅力/村井満チェアマン・コラム

Jリーグへの思いを語った村井チェアマン(撮影・河野匠)

<コラム・無手勝流 村井満>

喜怒哀楽を爆発させましょう-。今日22日、27年目のJリーグが幕を開ける。昨年はイニエスタら世界の大物が加入。日本代表のワールドカップ(W杯)ロシア大会の16強進出に鹿島アントラーズのACL制覇もあり、入場者数は4年連続で1000万人を突破した。ビジネス界出身ながら世界水準のリーグを目指して3期6年目の村井満チェアマン(59)が、日刊スポーツに「無手勝流(むてかつりゅう)」と題したコラムを執筆。今回は「サッカーの魅力」について。

私はサッカーが好きです。高校時代まではGK。息子が小学生の頃は毎週末、所属するサッカーチームに同行しました。年間で180試合、声をからして成長を見守るのが楽しかった。月日は流れ、それから約20年。今はチェアマンの任に就いていますが、サッカーへの思いは何ら変わっていません。今年で還暦を迎える自分が、ここまで引きつけられるのはなぜか。1回目のコラムを執筆するにあたり、いま1度、自分の心に問い直してみました。

「喜怒哀楽の爆発」。魅力を突き詰めると、ここに行き着きました。サッカーは人間が足を使うスポーツなので、いつも失敗ばかりする。プロが90分戦っても得点が入らなかったりする。パスミスも、オウンゴールもある。フラストレーションがたまりがちな競技なのでブーイングも起こる。

私には人間社会も同じように映っているんです。会議でのプレゼンに失敗しちゃったとか、大事なお客さんとの商談がうまくいかなかったとか。人間は結局、生きていく上で失敗ばかりするもの。心も折れる。サッカーはその何倍も失敗して心が折れ続けるスポーツともいえます。自分の日常生活に近いものを感じるんです。そういう選手たちが1点を入れたりすると、バーン! と喜びが爆発したりするじゃないですか。W杯ロシア大会の初戦コロンビア戦は貴賓席を丁重に辞して6階の一般席にいたのですが、先制点に両手を突き上げる自分がいました。座って観戦し始めたのですが気付けば立ち上がり、ずっと叫んでいました。

現代社会で感情を爆発させる瞬間は希少です。居酒屋で大騒ぎすると「静かにしてください」と注意されることもあるそうです。近未来、人間の生活のあらゆる分野で、人工知能(AI)やロボットが人にとって代わる時代が来るでしょう。しかし喜怒哀楽といった感情の発露は、人間が本来最後まで持っていられる大事なものだと思うのです。泣いたり笑ったり腹を立てたり、これが本当の人間らしさ。生まれたばかりの赤ん坊が大泣きして転げまわっていると周りの大人が「大丈夫?」となりますし、子どもが本当に心から笑っていると心がひかれる。美しいじゃないですか。ビジネスマンの商談欲しさの作り笑顔なんか汚いものです。本当にきれいなのは、人間が心の底から泣いたり笑ったりする姿。スタジアムには、それがあるんです。

今でも年間120試合は観戦します。立場上、Jリーグの試合では騒げない(笑い)。でも、あまり品行方正というか「いい格好ばっかりしていられないよ、サッカーは」という思いはあります。勢い余ってトラブルも起こります。だからこそ試合の前後に手を握り合って「お互いよろしくな」と確認しあうわけです。技術が進歩し、AIの登場で失敗の確率が下がった時に、失敗を恐れる社会、失敗を隠す社会になってしまうのではと不安もよぎります。でも失敗や成功から派生する、喜怒哀楽という人間の本質は変わらない。人間であることを確かめ合うのも、スポーツの良さではないでしょうか。中でもミスの多いサッカーは、特に喜怒哀楽のある競技といえる気がします。私自身、サッカー界の外から着任した人間です。失敗も数多く、まさに無手勝流でもありますが、サッカー界の懐の深さに助けられています。

今年のJリーグは昨年に続いて平日の金曜日に開幕します。週末が仕事の人、自分もサッカーをする人、子どものサッカーに同行する人は土日開催だと試合観戦に行けない場合も多い。そんな方にも見ていただきたいと始めたのが「明治安田生命Jリーグ フライデーナイトJリーグ」でした。昨年は金曜日開催の半数が、週末の平均入場数よりも多かったんです。土日とは違った出会いが数多くありました。開幕カードはセレッソ大阪とヴィッセル神戸の関西ダービー。さあ一緒にスタジアムで、思い切り喜怒哀楽を-。

◆無手勝流(むてかつりゅう) 無手をもって(=武器を使わないで)戦いに勝つ、という意。サッカー界の外から着任した村井チェアマンならではの挑戦をイメージ。サッカーが手を使わないことにもかけている。

◆村井満(むらい・みつる)1959年(昭34)8月2日、埼玉・川越市生まれ。浦和高サッカー部ではGK。早大法学部卒業後、83年にリクルートセンター(現リクルートホールディングス)入社。00年に同社人事担当執行役員に就任。その後、リクルートグループ各社の社長を歴任した。08年7月にJリーグ理事就任。14年1月に第5代チェアマンに就任し、現在は3期6年目。家族は夫人と1男1女。