部下が上司品定め“金J”成功の裏側/村井満コラム

村井満チェアマン(2019年2月18日撮影)

<コラム・無手勝流 村井満>

ビジネス界出身ながら世界水準のリーグを目指して3期6年目の村井満チェアマン(60)が、日刊スポーツで執筆中のコラム「無手勝流(むてかつりゅう)」。今回はビジネスにおける「決断」にまつわる話です。鳥栖FWフェルナンドトーレスの引退試合は平日の、23日金曜日に実施されました。今ではおなじみの「金J」ですが、実現にはチェアマンだから知る裏話がありました。一方通行ではない「上司」と「部下」の関係性が、Jリーグの未来を変えました。

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23日の鳥栖でのフライデーナイトJリーグ(金J)は、フェルナンドトーレス選手の引退試合でした。対する神戸にはイニエスタ。10年W杯南アフリカ大会でスペインを初優勝に導いた2人が日本のピッチにいることの感慨にふけりながら、金Jのもう1つの記憶をたどっていました。

昨年の開幕戦も鳥栖-神戸の金Jでした。平日のJリーグ開幕は25年の歴史の中でも初の試み。その決定プロセスには、ちょっとした裏話がありました。

そもそも金曜開催にはクラブの責任者でも反対が大勢でした。週末より来場者数は少ないからです。一方、週末は仕事や家族サービスを優先して観戦できない人がいることも分かっていました。各クラブと話し合い、可能なクラブから金Jにチャレンジして新たなお客様を開拓していくことにしたのです。しかし、開幕節まで金曜日にするとは誰も考えていませんでした。

昨年の開幕節の日程発表前日のことです。金Jを盛り立てたいと思っていた私は、Jリーグの担当スタッフに「今から金曜の開幕ゲームをセットすることができるか?」と問いました。スタッフは語気を強めながら「明日の発表はずらせません。すべては土日で内定しています。本気で言っていますか? やるなら今日中に決着させないと間に合いません。ホームクラブはもちろん、アウェー側とも調整が必要です。調整できたとしても、パートナー各社や理事への報告も必要です。本当にやりますか?」と、私の心を読むように詰め寄ってきました。私も意地を張るところがあるので「やるだけやってみよう」と返してしまいました。スタッフは「わかりました。今から担当者同士の交渉を積み上げていては間に合いません。一発目からチェアマンカードを使います。今この場でクラブの社長に電話してください」と携帯を差し出し迫ってきました。

引くに引けない私は、金曜開催のリスクをとることに前から積極的だった鳥栖の竹原社長に電話をしました。竹原社長は多忙で電話に出られませんでした。私は夕方からシドニーへ出張するため、成田空港に向かうことになっていました。時間のない極限の中、竹原社長との連絡はスタッフが引き継いでくれました。私の移動中にスタッフは鳥栖をはじめ神戸を含むすべての関係者と調整を済ませ、発表前日の夕方に全てを確定してくれたのです。成田空港のラウンジにいた私に、スタッフからメールが来ました。「関係者とは口頭合意のみ。破られた時は転職先探します」。

その開幕ゲーム以降、金Jは大成功を収めています。週末に見劣りしない入場者数を記録し、新規のお客様も多くお迎えすることができました。重要な決定は幹部が行うと思われがちですが、部下が上司を品定めしながら、その背中を突き動かしていくこともあるのです。