岡崎慎司と14年、かつての約束も守る義理人情男

07年、五輪アジア最終予選ベトナム対日本 前列右が岡崎

<サッカー担当記者 マイメモリーズ>(2)

14年前、06年のことだった。担当していた清水に、居残り練習を日課とする2年目の選手がいた。シュートがどれほど枠を外れようが、周囲の視線はどこ吹く風。ベンチ入りを目指し、個人練習に明け暮れていた。そんなある日に交わした何げない雑談が、忘れられないものになった。「もし結婚とかしたら報告しますよ。でも、今のままやと記事にはならないですよね。早く試合に出て活躍できるようにならんとなー」。選手と記者の間ではどこにでもある、たわいもない会話…だと当時は思っていた。

2年後の7月。その選手に練習場の駐車場で呼び止められた。「結婚します」。炎天下の駐車場で突然、満面の笑みで発表前に報告を受けた。同年の北京オリンピック(五輪)での活躍が期待されるFWにまで成長した彼の結婚は、45行の記事になった。

その選手の義理堅さは、日本サッカー界で存在感を増していこうが、まったく変わらなかった。「みんなに応援してもらえるような選手になりたいですね」「いつかワールドカップ(W杯)に出られるように頑張りますよ」「海外でプレーできるような選手になりますよ」。代名詞「ダイビングヘッド」にも見て取れるひたむきな姿で、すべての約束を実現してきた。日本代表では歴代3位の50得点。174センチの小さな体を目いっぱい駆使したプレーで、多くの人々を喜ばせ、励ましてきた。

昨年、11年ぶりにサッカー担当に復帰し、代表戦の取材で再会した。苦労が目尻のしわとなって刻まれていたが「まだまだ頑張るよ」と屈託なく話す笑顔は、出会ったころのままだった。

彼は今、スペイン2部に戦いの場を置く。中断前まで8得点。直近4戦4発と言葉も生活環境も不慣れな中で徐々に結果を出し始めた矢先、新型コロナ禍。異国での食料調達など何かと苦労は絶えないだろうが、インスタグラムでは「ポジティブにとらえて、何をしたらもっと成長できるかを考えれば自宅待機も前向きに過ごせるのではないかと思います」。持ち前の優しさとプラス思考は健在だ。

20年春、記者として17年目を迎えた。取材自粛の状況が続く今、あらためて彼から学んだ“原点”をかみしめている。言葉を交わすことがいかにありがたく、重要か-。直近の彼との会話を思い起こしてみた。家族、近況、夢、思い…。いつもの“雑談”がきっと、近未来には実現される「約束」になるのだろう。

最近、彼は誰もが自宅でもできるようにと自身のSNSでトレーニング動画をアップしていた。清水時代から続けている、見覚えのあるものだった。根っこはずっと変わらない。孤独を恐れず、前向きで、義理人情に厚い。ウエスカFW、岡崎慎司-。うそ偽りなくサッカーと向き合い続ける真っすぐな男との話に、また夢を見る。【浜本卓也】