元なでしこ岩清水梓と宮本ともみさんが語る「女性アスリートと出産」

満面の笑みで長男と遊ぶ、日テレ東京V・DF岩清水(C)TOKYO VERDY

女子サッカーの日テレ・東京ヴェルディベレーザDF岩清水梓(34)は、昨年3月3日に第1子となる長男を出産した。1年2カ月の時を経て8日、WEリーグプレシーズンマッチ初戦のジェフユナイテッド市原・千葉レディーズ戦(東京・AGFフィールド)を迎える。三重・高田高女子サッカー部と「みえ高田FC」で監督を務める元女子日本代表の宮本ともみさん(42=U-19女子日本代表コーチ)も、同じく出産を経て現役復帰したアスリートの1人。なでしこジャパンで07年W杯をともに戦った2人が、「女性アスリートと出産」をテーマに対談した。【取材・構成=杉山理紗】

 

■選手と育児の両立の難しさ

「ママさん選手」という言葉があるように、出産を経て現役を続行するアスリートは多くない。岩清水も妊娠が分かった時、サッカーを辞めようか考えたという。そのとき浮かんだのが、なでしこジャパンの合宿に息子を連れて参加していた宮本さんの姿だった。

岩清水 宿舎に戻るとお母さんになる姿に、憧れを抱いていました。海外でも代表活動で子どもを連れている選手を見て、女性アスリートがそうあってもいいな、と思うようになりました。

宮本さんは26歳だった05年5月に第1子長男を出産。同年12月に自主練習を再開し、翌年2月には全体練習に合流した。10月には日本代表から声がかかった。

宮本 99年世界選手権(後のW杯)に初めて参加した時、米国代表にお子さんのいる選手が2人いて、かっこいいなと衝撃を受けました。自分も妊娠したとき「復帰したいな」と思ったけど、代表に戻れるなんて思っていませんでした。合宿に呼んでいただいたけど、1週間子どもと離れて活動をする覚悟が持てなくて。相談したところ、日本協会がベビーシッターを付けてくれました。それでも、不安しかなかったです。東京駅から福島のJヴィレッジまで、3時間くらいのバスの道中でぐずらないか、トップ選手の中に子どもが入って迷惑をかけないか。不安が大きかったけど『子どもがいるとリラックスできる』と選手に温かく迎え入れてもらえて、感謝しかなかったです。

選手生活と育児の両立は、当然大変だった。だが、2人はサッカーの楽しさをあらためて感じたと話す。

宮本 (復帰後は)初めてじゃないかというくらい、サッカーを楽しめました。育児の大変さから離れて、自分自身のために2時間の練習をするのがすごく充実していました。

岩清水 分かります。サッカーの楽しさをあらためて感じました。

宮本 もちろん離れたいわけじゃないけど、息抜きになってバランスがよかったですね。離れている時間があるから、帰ってきたら子どもに優しくできたし、旦那さんや家族への感謝の気持ちが強くなりました。

■授乳でカルシウム不足に?

出産は大きく体を変えるが、アスリートにとっては人一倍影響が大きい。強度の高い運動を突然やめて、産後は復帰のために別人のような体を追い込む。前例が少ないからこそ、何が正解も分からない。

岩清水 妊娠期はどれくらい練習をしていいか、あまり分からなかったです。足首をケガした後にしていた、荷重をかけないリハビリをしていました。その後はJISS(国立スポーツ科学センター)にもサポートしていただきました。でも、大変なのは出産後。新生児を相手にして初めて、寝られないことや分からない育児へのストレスを感じて、すごく大変でした。

宮本 私は復帰後、恥骨を疲労骨折しました。リーグ戦が始まるという時に、突然歩けなくなって。1歳半くらいまで授乳していたから、カルシウム不足になったんじゃないかと言われました。骨密度をちゃんと測って、授乳も早くやめた方がよかったのかな。

岩清水 私も分娩(ぶんべん)時に子宮口が開かなくて、無理矢理に産んだ感じがあって、恥骨骨折疑惑でスタートしました(笑い)。骨折はしていなかったけど、腹筋に力が入らず、起き上がれなくて。リハビリのスタートが遅れました。授乳は4カ月~5カ月くらいでやめました。それまで体重が落ちなくて、3キロ~4キロ乗っかったままだったけど、トレーニングできる体になりました。

宮本 私は逆に授乳ですごく痩せました。出産前から3キロ~4キロ落ちたので、骨がもろくなった原因かもしれない。人それぞれですね。

■安心して競技を続けるために

2人の産後復帰には、たくさんの人の支えがある。岩清水はクラブのスポンサーである都市型保育園「ポポラー」の運営会社へ自ら出向いて協力を依頼し、チーム練習時に子どもを保育園に預けている。宮本さんは代表活動時、日本協会からベビーシッターの手配や家族の渡航費、滞在費の負担をしてもらっていたという。出産したアスリートが安心して現役生活を続けるためには、何が必要なのか。

宮本 妊娠期間や出産後にどんなトレーニングをしたらいいか分からなかったし、妊娠中の体調も産後のサポート体制も人それぞれなので、相談できる場所とフレキシブルなサポートがあったらいいなと思います。「アスリートは出産したら復帰しろ」とは思わないけど、産んでからも頑張りたい人がいるなら、経験した身としてサポートできる部分があると思うので、経験を生かしたいです。

岩清水 自分は「WEリーグというトップクラスで、お母さんになってもやれるの?」と試されていると思っています。出産してもこれくらいやれるんだと表現したいです。後輩たちの目標や選択肢の1つになれる選手でありたい。宮本さんの言う通り、個人差の大きい世界なので、寄り添って、いろんなアドバイスができる環境があったらうれしいですね。

宮本 託児所は絶対に必要だと思っています。現役時代は特にアウェーの時の手配が大変でした。競技場近くのベビーシッター業者を調べて、スタジアムに来てもらい、部屋も確保して…というのを、全部自分でやっていました。何週間も前から準備していたのに、出場停止で行けなくなり、全部キャンセルしたこともありました(笑い)。観客にも子どもを預けたい人はいるはずなので、来場者数も増えると思います。

岩清水 私も出産してから思いました。Jリーグを見に行くのが好きだったけど、子どもは90分じっとしていられないし、自分も子どもが気になってしまう。見に行くのがおっくうになったので、託児所はサポーターにも需要があると思います。

◆岩清水梓(いわしみず・あずさ)1986年(昭61)10月14日、岩手県滝沢村(現・滝沢市)生まれ。小1時に神奈川・大沼SSSでサッカーを始め、中1時日テレ東京Vの下部組織入団後、チーム一筋。06年に日本代表デビュー、3度のW杯と2度の五輪に出場。11年W杯優勝メンバー。国際Aマッチ122試合、11得点。163センチ、55キロ。血液型A。

◆宮本ともみ(みやもと・ともみ)旧姓三井。1978年(昭53)12月31日、神奈川・相模原市生まれ。97年にプリマハム(現伊賀)に入団し、同年に代表初選出。02年に結婚、05年に第1子を出産。09年~10年には東京電力マリーゼでプレーし、11年から伊賀に復帰、12年に引退後は指導者として活動している。国際Aマッチ77試合、13得点。04年アテネ五輪、99年世界選手権(後のW杯)、03年と07年のW杯に出場した。