<明治安田生命J2:熊本3-4横浜FC>◇第42節◇日◇えがお健康スタジアム
目は真っ赤だった。横浜FCの元日本代表MF中村俊輔(44)が、現役ラストの試合を終えた。試合後のミックスゾーンに現れた俊輔は、涙を必死にこらえているようにも見えた。
俊輔 もっと出来るとか、そういう気持ちはなかった。
6月に手術した右足首は、限界だった。
俊輔 手術前は、動けなかった。4年前くらいから、注射をして痛みをごまかす感じ。
J1時代の昨年4月7日サンフレッチェ広島戦以来、564日ぶりのスタメンだった。
俊輔 申し訳ない気持ちと、スタメンとキャプテンマークを提案してくれた四方田監督、(キャプテン長谷川)竜也の好意に甘えさせてもらって。本当に感謝の気持ちを持って、プレーさせてもらった。
後半60分までプレーした。J2時代の19年10月27日東京ヴェルディ戦以来、1092日ぶりの得点で、有終の美を飾ることは出来なかった。ただ、その勇姿は、敵味方関係なく、ファンの心に届いていた。今季最多の4倍を更新する2万1508人の観客は、俊輔に万雷の拍手を送り続けた。横浜FCのサポーターはチャントを歌い続けた。アウェーながら、引退のアナウンスが流れた。熊本のスタンドでも「天才レフティー 中村俊輔選手! たくさんの感動をありがとう!」という横断幕があった。
俊輔 本当にびっくりした。熊本の最終戦のセレモニーがあるから、早く自分は、はけた方がいいかなとか思って。
それは幾度も、ファンタジスタの代名詞とも言える芸術的なフリーキックで、魅了されてきたからだろう。
俊輔にとって、フリーキックとは-。
俊輔 最初、高校生ぐらいの時は、あんまり意識していなかった。プロになって、キッカーを務めるようになって、外国人や三浦淳宏さんとか、すごい人たちからキッカーを譲ってもらったりして、そういう経験値は大きい。
26年のプロ生活が終わる。
俊輔 最初はプロになれないと思っていた。それがマリノスに入ることが出来て、そうすると次はレギュラーで10番として活躍したいと思って、今度は代表でも10番を着けたいと思って、かなえられた。その中でもビッグクラブで、W杯で活躍する、というこの2つは、かなえられなかった。
ほろ苦さも混じった懐かしい思い出をかみしめた。次なる道は、指導者。
俊輔 サッカーって、なんぞや? ってところからだと思う。自分の感覚を捨てることも大事かもしれない。経験が邪魔することもあるかもしれない。0からですね。
希代のレフティーは、惜しまれつつ、ユニホームを脱いだ。