J3が4日に開幕し、30周年のJリーグ全てが動きだす。30年前の1993年(平5)5月15日、Jリーグの開幕戦はヴェルディ川崎-横浜マリノス戦(旧国立)だった。記念すべき一戦はNHK総合で生中継され元同局アナウンサーの山本浩氏(69=法大スポーツ健康学部教授)が実況を務めた。Jリーグ理事なども務めた同氏に、30周年のJリーグへの思いを聞いた。【取材・構成=磯綾乃】
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「声は大地から湧き上がっています。新しい時代の到来を求める声です。すべての人を魅了する夢、Jリーグ。夢を紡ぐ男たちはそろいました」
30年前の93年5月15日。Jリーグ開幕戦は、山本さんの言葉で彩られた。
「(日本リーグでの)寂しい時代をずっと知っていたので、大声援、夜のゲーム。当然、言葉が出てきますよね」。試合直前、目の前に旧知のV川崎DF加藤久がいた。「キュウちゃん!」。いつもの調子で声を掛けようとしたが「あまりの集中力」に途中で言葉を引っ込めた。選手たちが醸し出す空気が、名実況を生み出した。
「まさかこんな日が来るとは誰も思っていませんでした」。東京・西が丘サッカー場での試合を中継すれば、ゴール裏でキャッチボールする親子の姿が映った。練習を取材に行けば、選手からは前夜の酒のにおいがする。そんな環境はJリーグの誕生で一変した。
マイナースポーツから、地上波で生中継されるスポーツへ-。テレビ局も試行錯誤だった。「オフサイドの説明が難しい。説明すればするほど泥沼にはまって、上司からおしかりが来るんです」。視聴者のおばあさんから「オフサイドラインという線が、どこに引いてあるのか教えてほしい」と電話が来たのも、今では懐かしい思い出。選手もファンも、熱狂に巻き込まれながら高め合っていた。
忘れられないシーンは山ほどある。99年、横浜Fの消滅。
「空は今でもまだ、横浜フリューゲルスのブルーに染まっています」
選手のやり場のない思い、地元の人の愛。真っ青な空を見ると、自然と言葉があふれ出た。
96年から2002年まで優勝を分け合った、鹿島と磐田の2強時代は「選手が粒ぞろいで、非常に緻密なサッカーで実況していてワクワクしました」。さらに、何度もファンを沸かせたカズダンス。「カズはブラジルのプロを知っているから『楽しんでもらうんだ』という思いと『もっと俺を止めろよ』という思いを感じたんです」。そのプレーと振る舞いから、Jリーグの成長を願うメッセージを受け取ったという。
海外組が増え、地上波での生中継は激減し、全試合をDAZNが有料配信するようになった。選手のプレーもとりまく環境も変わった。「昔は勝手にシュートを打つ選手はわがままだ、とにかくパスが大事という雰囲気がありました」。一方で、日本は今もなお、得点力不足に泣かされ、我の強いストライカーが熱望されている。
サッカーも有料放送、配信が増えた。「現代的ですよね。大きな契約金も分配され、クラブにプラスになっているでしょうから否定することはできません」。それでも、地上波ならではの良さはあるという。「同じ中継を見ている人の一体感です」。画面越しにつながる「一気の熱」が30年間の歴史を紡いできたという事実もある。
数々の名シーンを彩ってきたが、「名実況」と呼ばれることを、山本さんは嫌がった。「一部を取り上げているだけで、大事なのはそこではない。メンマはすごくうまいけど、ラーメン全体を食ったらひどかった、みたいなこともあるじゃないですか(笑い)」。
根底にはぶれない思いがある。「『見せる』ことを大事にしているのが、サッカー界の強み。ボールが動いているところが一番魅力的。主人公はサッカー。サッカーを語る人じゃないんです」。これからもサッカーを中心とするたくさんの人とともに、Jリーグは進化していくはず。山本さんもそう願っている。
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◆山本浩(やまもと・ひろし)1953年(昭28)4月12日生まれ、島根県生まれ。76年にアナウンサーとしてNHK入局。サッカー実況を長く務め、86年W杯メキシコ大会をはじめ、数々の名場面を実況。解説委員も務め、09年3月に退職。現在は法大スポーツ健康学部教授。映画「男はつらいよ」の寅さんのモノマネを得意としたことで、愛称は「トラさん」