衝撃の赤タキシード!初代MVPカズ三浦知良が語るJリーグ30年の歩みと日本サッカーの未来 

93年5月、横浜とのJリーグ開幕戦に出場したV川崎カズ(手前)

5月15日は「Jリーグの日」。1993年(平5)の同日に開幕を迎え、節目の30周年を迎える。ポルトガル2部オリベイレンセのFWカズ(三浦知良=56)は、その草創期から現役を続ける初代MVPだ。このほどオンラインで取材に応じ「あっという間だった」とプロ化30年と日本サッカーの進化について語った。

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日本のサッカーが社会的地位を確立したのは、この人の存在なしでは語れない。Jリーグの初代王者でMVPに輝いた際は、度肝を抜く真っ赤なタキシード姿で登場。本人は、親交が深い歌手田原俊彦がデビュー10周年で着ていたのを見て「いつか着たい」とタイミングを探していたそうだが、MVPの舞台で着こなすのはカズだからこそだ。

それから30年。今も現役を続けるカズは、Jリーグの進化に「当時は想像できなかった。10年、20年、30年でどんどん世界に近づいてきていると思います」と話す。10クラブからスタートしたクラブ数はカテゴリーも増え60になった。カズは、アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)で優勝した浦和レッズのスタジアムを挙げ「素晴らしいサポーターが確立されて、30年の進歩が表れていると思う」。ポルトガルのオリベイレンセでも話題になったことを明かし「世界に誇れる雰囲気を持ったリーグに成長したかなと」と話した。

ブラジルの名門・サントスでプレーしていたカズが、日本に戻ってきたのは23歳の90年。ヴェルディ川崎(現東京V)の前身・読売クラブに加入した。4月末に死去したV川崎時代の社長、森下源基氏(享年82)から「君の力で国立競技場を満員にしてくれ」と言われた。「当時はやれても32、33歳だろうと思っていたので(笑い)。あまり時間がないと。Jリーグのプロ化の成功とW杯出場ということを目標に決断しました」。

読売クラブでは用具係もおらず、スタッフが複数の仕事を兼任。プロ化してクラブハウスなど設備が充実していった。最も驚いたのは、日本代表の待遇だ。帰国直後の90年7月、代表に招集された時。今でこそ、合宿地の立派なホテルが宿舎だが、当時の日本サッカー協会が用意したのは、渋谷のネオン街にある旅館だった。カズは「代表の戦うための準備。プロ選手を受け入れていましたが、その受け入れ態勢がまったくできていなかった。そこにはビックリしましたね。それも楽しんでましたけどね」と懐かしんだ。

Jリーグ開幕前年の92年に日本代表がダイナスティ杯で優勝。ナビスコ杯も開催され、サッカー熱が高まった。V川崎-横浜マリノスの開幕戦は国立競技場に約6万人が駆けつけた。カズは「僕自身、日本代表の試合、カップ戦でも雰囲気はいい状態になっていたので。日本代表の試合を含めた1つの試合としてしか印象に残っていない。流れの中で迎えた5月15日」と振り返る。

94年にはセリエAのジェノアに移籍し、Jリーグから欧州移籍の先駆けとなったのもカズだ。今や数多くの選手が欧州へ渡る時代になった。「受け入れる方の見方も日本人に対して、当時とは違ういい選手であればどこにでも行ける時代になってきている。これから先、日本人がビッグクラブで活躍できる場が増えていくと思います。この10年、20年は違う時代に入っていく」と予想する。

今後のJリーグ発展のために、街に愛されるクラブになるべきだと持論を掲げる。「僕がいる町も小さい町ですが、今年100周年を迎えて。みんながこのクラブの歴史を知って応援している。地域の人に支えられて成り立っていると感じる」と肌感覚を口にする。「サッカー文化が日本で根付いているかと言えば欧州や南米とは少し違う。その街に、なくてはならない存在になっていくことが大事で、なる努力が必要。日本も必ずそういう文化が近づけると思う」。続けて「世界に誇れる、Jリーグと言えばこのチーム、と世界の人が言えるようになってほしいし、世界の名選手が、行きたい、と思うようなクラブが誕生してほしい」と今後の発展に期待を寄せる。

カズの今季は残り3試合。再びJリーグでプレーする日が来るのか。「今は残り3試合に集中したい」と話した上でこう続けた。「サッカーはずっと好きでプレーしていたい。もちろんJの舞台でやりたい気持ちもあるし、ブラジルでやってみたい思いもある。まだまだいろんなところでやりたい気持ちだけは常にあります」。日本のサッカーの歴史とともに、まだカズの歩みは進む。【岩田千代巳】

 

◆三浦知良(みうら・かずよし)1967年(昭42)2月26日、静岡市生まれ。静岡学園高を中退して15歳でブラジルに渡り、86年にサントスとプロ契約。90年に帰国し読売クラブに入団した。ジェノア、クロアチア・ザグレブや京都、神戸を経て05年7月に横浜FC加入。05年はシドニーFCでプレー。22年にJFL鈴鹿へ期限付き移籍。今季は初ポルトガル。日本代表は国際Aマッチ通算89試合55得点。家族はタレントりさ子夫人と俳優三浦獠太、格闘家三浦孝太の2男。177センチ、72キロ。血液型A。

 

<カズのJ記録アラカルト>

◆J1通算得点 326試合の出場で歴代7位の139得点。02年まであった「延長Vゴール」は歴代3位の8点。ハットトリック回数は歴代4位の5度。

◆最年長出場 J1横浜FCに所属した21年3月10日の浦和戦で記録した54歳12日。ルヴァン杯では同年5月19日の浦和戦で54歳2カ月23日で出場。

◆最年長得点 J1では鹿島のジーコが94年6月15日の磐田戦で記録した41歳3カ月12日だが、Jリーグ全体ではカズがJ2横浜FC時代の17年3月12日の群馬戦で記録した50歳14日。

◆連続シーズン得点 93年のJリーグ初年度からJ1リーグ戦13年連続ゴール。J2を含めると18年連続でゴールを決めた。

◆個人タイトル V川崎(現東京V)に所属した93年にJリーグ初代MVP。ベストイレブンは93、95、96年と3度。96年には23ゴールで得点王を獲得。