本田圭佑37歳誕生日 振り返る1年「指導者としてこの舞台に」W杯激闘に刺激受け目指す世界一

本田圭佑(23年1月)

サッカー日本代表として3度のFIFAワールドカップ(W杯)に出場し、昨年のカタール大会ではABEMAの解説で話題をさらった本田圭佑が13日、37歳になった。

この1年は膝のけがもあり、所属クラブがなくプレーしていないが現役サッカー選手であり指導者。さらに投資などビジネスの面においても、相変わらず精力的な活動を続けている。

 

本田の36歳の1年を振り返ってみる。

 

22年9月にはカンボジア・プノンペンで日刊スポーツの取材に、次のように答えた。

「2018年に代表を退いてから、ちょっと考える時間はあったものの、わりとスムーズに、やっぱり自分が成し遂げたいモノは、W杯で優勝することって、すぐに整理はついた。イコール指導者の道。ここ(カンボジア代表)で監督業をやってくうちに、すんなり、これ(=監督)でW杯優勝を目指したいと思うようになった」

今も、指導者としてW杯優勝を目指している。

同時に、現役選手でもあり続ける。

22年10月12日にはSNSで「膝の手術を受けました。すぐに復帰します。できる限り長くプレーしたい」と報告。その後、車いす、松葉づえ姿からリハビリを開始した。

同年11~12月にはW杯カタール大会を全試合生中継したABEMAで解説者デビュー。数々の名言を残しロスタイムの「7分」の発音などで話題をさらった。歴史に残る激闘の末、メッシがW杯を手にしたアルゼンチン-フランスの決勝も解説しながら見届け、これ以上ない刺激を受けた。

カタール・ドーハでの決勝直後、次のように語っている。

「指導者としてこの舞台に戻ってきたいと、あらためて再確認できた。監督としても、選手のときと同じくらいワールドカップ優勝を目指していると再認識できた」

指導者としてW杯優勝を目指す思いを、より強くした。

指導者としては、現場で実質的な監督としてカンボジア代表を約5年も率い、経験を積んでいる。23年に入り、すでに契約満了で退任したが、36歳の1年間も一国の代表監督として、主に東南アジアを舞台に国の威信をかけた真剣勝負の場でチームを指揮した。

5月の同国での最後の仕事はU-22(22歳以下)カンボジア代表を率い、東南アジアで注目を集める総合競技大会「SEA Games」だったが、1次リーグ敗退。自国開催で求められていた結果を残すことはできなかった。

ただ、すでに指導者としては次回、2026年のW杯(米国、カナダ、メキシコの3カ国共催)を念頭に、新たな代表チームを指揮する可能性を模索中。5月のカンボジアでの仕事を終えると、「私はオマーン、ニュージーランド、アラブ首長国連邦、タイ、その他、2026年の次のワールドカップに出場したいと思っているいくつかの国に興味があります」「コーチとして」とツイートし、数カ国を“逆指名”している。

所属クラブで選手として最後にプレーしたのは、リトアニアの強豪スドゥバでの21年11月4日、同国Aリーグのザルギリス戦(ホーム)だった。36歳の1年間は選手として1分もプレーしていない。

指導者ライセンスを持たない異色の指導者として、現役のプレーヤーだからこそ得られる情報や知見を、指導者としてすぐにピッチでの指導に生かそうとしており、選手へのこだわりも強い。

選手、指導者、解説者、ビジネスマン……。そんな肩書もフィールドも関係ない。37歳の1年も、選手でもなく指導者でもなく、ただ、本田圭佑であり続け、突き進んでいくはずだ。【八反誠】