<明治安田生命J2:熊本0-3町田>◇第39節◇22日◇えがおS
町田が悲願のJ1昇格を成し遂げた。プロ1年目にして昨季15位のクラブを生まれ変わらせた黒田剛監督(53)は守備を改革。50失点を喫した昨季から、この日まででリーグで3番目に少ない34失点まで減少した。青森山田時代の教え子たちも通して浸透させた“山田流”が、短期間での躍進の支えになっていた。
昇格を決める一戦を無失点で締めた。前半22分には至近距離のシュートにGK福井が触れて、クロスバーを直撃。あわや先制点を許す場面だったが守備陣が相手の攻撃陣に粘り強く体を寄せたため、シュートはGKの正面に。黒田監督は「最後まで足を運び、コースを消し、体を張ってくれた」とたたえた。
監督就任を決意すると、始動前に昨季のすべての失点をチェックした。簡単に諦める、中途半端なブロック-。映像だけでも「悪い習慣がたくさん見えた」。ゴールだけは絶対に奪われない気持ちはプロも高校生も同じであるべき。不用意なミスを目にすれば「俺は失点アレルギーなんだ」と声を荒らげ、選手の闘志にスイッチを入れた。
持ち込んだのが「山田流」だった。守備時の合言葉は「相手を腹で見ろ」。ボールを主に見て、マークする選手を間接視野で捉えるセオリーから脱却。「ゴールは必ず人から生まれる。だからボールよりも人を抑えることが大事」という考えのもと、時にボールから目を切ってでも体の正面を相手に向け、圧力をかけて自由を奪うことを重視した。
第36節のアウェー長崎戦まで、J2最少タイの27失点。しかしタイトルが手にかかった重圧か、わずかな油断か、そこから3試合で7失点した。崩れてもおかしくない状況だったが「(開幕前の)キャンプの練習のように振る舞おう」と原点に戻り、立て直した。立ち返る守備があったことで、連敗はゼロ。監督1年目のチームとは思えない安定感が、昇格につながった。【岡崎悠利】
◆FC町田ゼルビア 77年、町田市サッカー協会が小学生を強化するため設立した「FC町田トレーニングセンター」のトップ部門として89年発足。98年、現クラブ名に改称した。ゼルビアは市の樹ケヤキ(ゼルコヴァ)と花のサルビアから。08年JFL昇格。12年J2昇格。18年10月にサイバーエージェントが経営権を取得し、過去最高4位。翌19年にJ1ライセンス承認。22年に藤田晋社長がクラブの社長兼CEOに。今年からメインスポンサーとなり黒田監督らを招く。クラブカラーは青。ホームは町田GIONスタジアム。