筑波大、就任初年の平山相太HCが「対話重視」で優勝導く「選手と一緒に成長できた」

第97回関東大学サッカーリーグ戦1部を制した筑波大の平山相太ヘッドコーチ(撮影・佐藤成)

筑波大が新体制で栄冠を勝ち取った。4日にホームで行われた東京国際大戦を1-0で制し、6年ぶりに関東大学サッカーリーグ1部の優勝を決めた。

小井土正亮監督は「今年は本当に何もしてなくて、平山相太が全部、練習の指揮もメンバーを決めるところも、全てやってくれたので、本当に何をやったのかとか、なぜ勝ったのかというところは、平山に聞いてもらったら本当にいいなと思ってます」。国見時代から190センチ超えストライカーとして「怪物」と呼ばれた平山相太ヘッドコーチに感謝した。

今季から筑波大大学院2年の平山氏がトップチームのヘッドコーチに就任。実質的な指揮を執り、小井土監督が一歩引いた立場でチームを作りあげた。小井土監督はその意図をこう説明した。

「実は私も2002年の時に大学院生で、当時の監督さんに『お前の好きにやっていいよ』って言ってもらった。筑波大学っていうのは大人の監督がどんどん指揮を執るというよりも、指導者を育てていく場所でもあるので、平山はそういう思いで大学院まできて、今修士の2年生なんですけど、指導者の学びをしに来ている中で、彼に私はもう任せると決めて進めていったので、これはもう筑波大学の本来のやり方といえばやり方かな」

筑波大に久々に優勝をもたらした平山ヘッドは「いや~よかったですね。今日(優勝を)決められなかったら、この後ちょっとどうなるかなと思ってたんだけど、よかったです」とかみしめた。

今年、トップチームで指揮を執るにあたり、小井土監督からは「トライするように」と言葉をかけられた。平山ヘッドは、学生にも同じようにトライすることを求め、ともに成長した。「小井土監督の偉大さを見つつ、自分の力のなさを痛感しつつ、選手と一緒に成長できたなと思います」とうなずいた。

学生の意見を重視するスタイルを築き、チーム全体の押し上げをはかった。MF山内翔主将(4年/神戸U-18)は、「相太さんの形もありますけど、自分たち選手が、例えば『こういう形もあるんじゃないですか』って言ったら、それも尊重していただきますし、一緒に作っていくみたいな感覚は、すごく今年は特にあったかなっていう風に思います」。小井土監督も「私も本当に多くの気づきがあったというか、実際この5年間全く勝ってないのは私が指揮を執っていたわけで、今年になって1歩引いてみて、自分がいかに与えすぎてたとか、型にはめようとしすぎてたとか、そういうのをすごく学ばせてもらった。私にとっても大きな学びのある1年間でした」と平山に感謝した。

前回の17年の優勝を知る小井土監督は、チーム全体のバランスの良さを今年の特徴だと分析した。当時は絶対的エースFW中野誠也(大宮)がおり、そこにボールを預ければなんとかしてくれた。当時の中心メンバーで4日の優勝決定の試合観戦にも足を運んだ戸嶋祥郎(柏)も「お客さんの数も試合内容も様変わりしていて、本当に力のある後輩たちです。もう後輩って呼べないですね(笑い)。ぼくも彼らが目指すべき存在になれるように頑張らないと」と刺激を受けていた。

山内やMF角昂志郎(3年/東京U-18)、FW内野航太郎(1年/横浜Y)が9月に中国・杭州のアジア大会に出場するなど、さまざまな選手が異なる代表活動でチームを離れることがあったが、チーム力を落とさなかった。平山ヘッドは「代表に選ばれている選手とそうでない選手と、それは関係なくみんなが上を目指してて、選手自身が自分たちの力を発揮した結果だと思います」。

約2年、間近で学んだ小井土監督と昨年1月に亡くなった国見時代の恩師・小嶺忠敏監督の影響を強く受ける。「『人生-(引く)サッカー』みたいな、自分が選手時代を振り返ったらすごく短いし、その後なにが残っているのか。選手期間をどれだけめいっぱいやれるの重要性は、小嶺先生と小井土さんから見せてもらった」。

18年に現役引退後、仙台大に入学した。同大でスポーツについて学びながら同大サッカー部で指導者としてのキャリアをスタートさせた。同大卒業後、筑波大大学院に進学。サッカーコーチング研究室で、より指導者としてのレベルアップを目指した。この1年、大学トップレベルの指導を通じて、気がついたことがある。「自分の型を指導者なる前は作ろう、必要だなと思ってたんですけど、実際やってみて、結局、選手のがのびのびして、一番最大の力を発揮することが、やっぱり選手にとっては一番いいことだなっていうのは思いました」。来年以降は未定。指導者ライセンスはA級を持っている。大学に残るのか、他のカテゴリーを持つのか。“怪物”の第二章はまだ始まったばかりだ。【佐藤成】