【磐田】就任1年で再建した横内昭展監督、連係武器に全員サッカー「去年と同じ選手だからこそ」

栃木対磐田 J1への自動昇格を果たした磐田横内監督は選手たちから胴上げされる(撮影・垰建太)

<明治安田生命J2:栃木1-2磐田>◇最終節◇12日◇カンセキ

ジュビロ磐田がJ1に帰ってくる。アウェー栃木SC戦で2-1で勝利。前節まで2位だった清水が水戸と引き分けたため、3位からの逆転で自動昇格圏の2位の座をつかんだ。就任1年目の横内昭展監督(55)は、日本代表コーチの経験を生かし、チームを再建。選手契約規律違反で補強禁止処分を受けたハンディも乗り越え、目標の昇格へと導いた。来季続投は既定路線で、クラブは近日中にも正式に要請する。

涙を流して抱き合い、少年のように感情を爆発させた。教え子の歓喜の輪が、ピッチ上で膨らんだ。待ち望んだ光景が目に飛び込むと、横内監督も最後の整列を待たずにピッチへと走り出す。1人1人と抱き合い、大逆転でつかんだ1年でのJ1復帰に浸った。

「最後まで戦ってくれた選手。いろいろなことを準備してくれたクラブ関係者。今日だけでなく、開幕からずっと後押ししてくれたサポーターに本当に感謝を伝えたい」

約3000人が駆けつけた敵地に「ヨコウチ イワタ!!」の大合唱が響く中、両手を上げ目標達成を報告した。

挑戦の1年だった。22年カタールワールドカップ。森保一監督(55)の右腕として日本代表の16強入りを支えた。Jクラブで監督を務めるのは初めて。何もかもが手探りだったが、過去の指導で培った経験を信じた。

再建への第1歩は、選手1人1人の基準を引き上げることだった。1月の鹿児島キャンプから球際の強さを要求。攻守の切り替えも徹底させた。「個々のベースがあって初めてチーム戦術が積み上がる」。開幕から5戦は、わずか1勝とつまずいた。それでも目先の結果だけを求めず、地に足をつけて着実にチーム作りを進めてきた。

選手を補強できないハンディもプラスに捉えた。「去年と同じ選手たちだからこその強みもある」。2年間、同じメンバーで戦う連係面の高さを前面に押し出した。「1人の選手に頼るのではなく、全員で戦って全員で点を取る」を“口癖”に、チームとしての戦いに徹した。今季5得点以上を記録した選手は計8人。文字通り「全員」で戦い、6月からの2カ月間は11戦負けなし。連敗はシーズンを通して1度もなかった。

就任1年での悲願達成。「まだ発展途上で、僕が求めるところまで来ていない」と言うが、土台は固まりつつある。2季ぶりのJ1に挑む来季に向け、「J1に上がって、またJ2に戻ることだけは繰り返したくない。そのために戦った今季。必ずつなげていきたい」と結んだ。新たな挑戦が、始まる。【前田和哉】

◆横内昭展(よこうち・あきのぶ)1967年(昭42)11月30日、福岡県生まれ。高校時代は東海大五(現東海大福岡)でプレーし、卒業後は日本リーグ・マツダに入団。95年の現役引退後は広島でスカウトや育成年代、トップチームのコーチを歴任。00年から日本サッカー協会でコーチングスタッフを務め、04年にS級コーチライセンスを取得。19~22年までA代表コーチを務め、今季から磐田を指揮。

◆ジュビロ磐田 1972年(昭47)創部のヤマハ発動機が前身。94年にJリーグに昇格し、97年第2ステージで初優勝し、年間王者に。99年にアジアクラブ選手権(ACLの前身)を制すとともに2度目のJリーグ年間優勝を果たす。02年に3度目の年間優勝、03年には天皇杯を初制覇。ジュビロはポルトガル語で「歓喜」の意味。本拠地はヤマハスタジアム。

■磐田の補強禁止処分

▼いつ 昨年10月19日に、FIFA(国際サッカー連盟)からの補強禁止というペナルティーを受けたとクラブが発表した。コロンビア人FWファビアン・ゴンザレスと結んだ契約(21年1月獲得)が規則違反とされた。

▼なぜ 同選手の加入時に、すでにタイのクラブと交わした契約が存在したとされ、磐田は同選手の不当解除を誘発した(=不当に引き抜いた)と判断された。

▼どうした すぐ、スポーツ仲裁裁判所(CAS)に上訴したが、これも昨年末に棄却された。

▼どうなった 処分は、ゴンザレス個人に4カ月間の出場停止と賠償金約5万ドル(約750万円)の支払い。加えて、磐田に2回の登録期間(23年1月6日~3月31日と7月21日~8月18日)での新規選手登録も禁止という極めて重いもの。

▼対象は これは、トップチームと全ての年齢別の男子チームが対象で、今季の補強ができなかった。本年度に新規登録する小学5~6年生、中学1年生、高校1年生は1~12月の日本協会登録の大会や活動にも参加できないと示された。

【動画】最後に笑ったのはジュビロ磐田! 逆転でJ1復帰に選手もサポーターも大歓喜