【桐蔭横浜大】関東一ゆるい練習?戦術なし?昨季インカレ王者の強さの秘訣は実戦の機会にあり

取材に応じる桐蔭横浜大学サッカー部安武亨監督(撮影・佐藤成)

12月7日から、全国大学サッカー選手権(インカレ)が始まる。多くの日本代表選手を輩出し、近年注目を集めている大学サッカー界で、桐蔭横浜大学が存在感を強めている。

昨季、同大をインカレ王者に導いた安武亨監督(44)のマネジメント術を全2回に分けてひもとく。1回目は、実践を重視する独特な強化方法について聞いた。

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同大出身の川崎フロンターレMF橘田健人主将(25)は冗談めかしていう。「桐蔭の練習は関東1部で一番ゆるいと思います(笑い)」。今季は惜しくも出場を逃したが、インカレで日本一にまで上りつめた組織の練習が「ゆるい」はずがない。そう思い、実際に桐蔭横浜大の練習に行ってみると、橘田の言葉の意味が少し分かった。オフ明けの火曜日は、部員80人が全員そろって20分間走から始まる。ペースは人それぞれ。特にノルマはなく、どれだけ追い込むかは、自分次第だという。その後、3対1のボール回しを行ってから、ハーフコートで紅白戦をして終わり。安武監督が明るく盛り上げる声がグランドに響き渡る。「それで終わりかー?」「もっといける!!」。確かにそこに張り詰めた変な緊張感はなかった。水~金曜も、セットプレー練習などは行うものの、基本的にボール回しと紅白戦で練習が終わるという。戦術的な練習を一切行わない。

チームを率いる安武監督はいう。

「みんなうまいので、ぼくは戦術とか分からないし。守備のところやハードワーク、切り替えの部分はいうけど、それ以外は選手の好きにやってもらっています」

そのチームマネジメントは独特だ。80人の選手たちを、関東大学1部のトップチーム、関東社会人1部の桐蔭横浜大学FC、1年主体のIリーグチーム(今季は出場できず)の3チームに編成する。さらに、1、2年生による新人戦、トップチームで試合に出場できなかったトップサブの選手を「神奈川県強化育成リーグ」という東海大、神奈川大、専大、関学大、産能大、日体大、法大、中大、明大で構成するリーグ戦の形でほぼ全ての選手に実戦の場を提供している。

それは実戦が一番力を伸ばすと安武監督が信じているからだ。トップチームの成績に全ての価値を置いていない。だから、トップで試合に絡めるレベルの選手も、育成を優先し、社会人チームで出場機会を与える。逆に社会人チームで出番のないサブの選手をトップに配置して先発で出場させることもある。現在川崎Fでルーキーながら4点を決めているFW山田新(23)も1年時はトップチームではなくひたすらIリーグチームで実戦経験を積んだという。安武監督はこう説明した。

「トップチームには(実力的に)2、3年生のトップサブに置きたい選手をほとんど置いてないんですよ。サブってあんまりうまくならないから。スタメンで90分出てこそなので、トップでサブに置きたい選手は1年生のアイリーグと、2、3年生の社会人リーグの方に全部置いています。うちのトップサブは4年生が多い。4年生は面談して、どのカテゴリーがいいか選ばせて、トップで勝負したいっていうなら、じゃあもう全員トップでっていう風にやっています。正直戦力は落ちますけど、八城(修)総監督がそうやっていたので、継続してやっています」

きっぱりと「戦術はないです」と言い切る。そこにも安武流の考え方がある。

「個人の能力アップによって勝手にチーム力が上がっているっていうのを目指しています。特にどういう戦術をやるとか、そんなの一切なくて。その相手に勝つことっていうよりも、どうやったらうまくなるかっていうことだけをやっています。自分たちがいい選手になれば、どんな相手にでも勝てるでしょう。攻撃は自由に。守備でやることさえやっていればいい」

対戦相手のスカウティングも、分析担当を希望して入部する学生スタッフに全て任せ、監督はミーティングに参加しないこともあるという。事前に映像をみて頭には入れるが、基本的に選手に任せる。そういった理由もあり、桐蔭横浜大は前半に弱いという。実際に日本一を決めた新潟医療福祉大とのインカレ決勝でも前半を1-2で折り返しながら、後半ロスタイムに逆転勝利を飾った。

「前半は相手に対策されて良さが出ない。でもハーフタイムに彼らは修正して後半すごくいいんです」

OBの橘田が「ゆるい」と笑いながら表現した練習の空気について「キャッキャいっているでしょ。練習の雰囲気は抜群にいいと思う。もうノリノリでやっている。みんなが楽しんでくれた方がいいから、他の大学とは雰囲気が違うってやっぱり言われます。うちはもういいんだよ。自由にやれっていっている。やることさえやればいいって。球際とか切り替えとかハードワークとかだけやれば」と笑い飛ばした。

なぜこのスタイルで強さを保っているのか。各大学が強化に力を入れはじめ、入れ替わりの激しい戦国時代の大学サッカー界で、関東1部リーグに11年連続で所属。過去10年1度も2部に降格していないのは、桐蔭横浜大と明大だけ。13人のプロ選手を含む4年生が抜けた今季も関東1部で7位と大きく落ち込まなかった。

来シーズンから川崎Fへの入団が内定している山内日向汰(4年/川崎F U-18)は、強さの秘訣(ひけつ)について「わかんないです。なんでですかね。でも楽しいのは楽しいです」と笑った。その環境で4年間、鍛錬を続けた橘田も「戦術練習はなかったですけど、楽しいんですよ。変な練習はないですし。攻撃は何もいわれないし、逆に自分たちで考えてやることができた。それはすごくよかった。いろいろ話し合って成長することができた」。安武監督のスタイルは好意的に受け止められていた。

誤解のないように付け加えると、ボール回しの質は高く、紅白戦は真剣そのもの。得点を奪ったチームが雄たけびを上げるほどバチバチにやり合っていた。全体練習後の自主練も熱心に取り組む選手ばかり。下級生の頃から高いレベルで実戦経験を多く積んだ選手たちが自ら考え、伸び伸びとプレーする環境が整っていた。(続く)【佐藤成】

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