<メニコンカップ:東軍0-4西軍>◇15日◇新日本ガス球技メドウ
メニコンカップ日本クラブユースサッカー東西対抗戦(U-15)が15日、岐阜メモリアルセンター新日本ガス球技メドウで行われ、西軍が4-0で東軍を下した。
西軍ではサンフレッチェ広島ジュニアユースFW駒野友春(2年)が先発。最前線でアグレッシブなプレーを見せた。トップの位置で相手GKやDFに何度もプレスをかけ、2度追い、3度追いと連続して動いて西軍が流れを引き戻すきっかけを作った。前半37分にはポストプレーから味方のシュート場面を演出するなど、献身的にプレー。普段一緒にプレーしているメンバーではないこともあり「点を取りたい気持ちはあったけど、最後の部分で合わせられなかった」と得点こそなかったが、出場した40分間で持ち味を発揮した。
スタンドでは、元日本代表DFで広島ユースコーチの父友一さん(44)が愛息のプレーを見守った。前半を振り返って「自チームでやっていることはできていたと思う。周りのうまい選手たちの中で一緒にやれていることは、成長になるのかなと思う」と評価。「こうやって会場に来ることができるのも、息子が頑張って選ばれたから。頑張っている姿は親としてうれしい」と、自身の現役時代とは逆の立場になって応援できていることに喜びを感じている様子で話した。
自身はアキレス腱(けん)断裂という重傷から復帰間もないということだが、親子で一緒にサッカーをする時間も多いといい「アドバイスしたり、一緒にボールを蹴ることは今もやっている。蹴りながら感じてもらえればいい」と息子への思いを語った。
駒野親子といえば、22年11月にJ3のFC今治で引退した父のセレモニーで、友春が読み上げた感動的な手紙が思い起こされる。
息子が当時を「読んでいたら気持ちがあふれて涙が出ちゃったけど、あそこは自分の気持ちを出した感じでした」と振り返る手紙のその後は、どうなっていたのか。この日の試合後に明らかになった。
手紙で特にファンの涙を誘ったのは「本当は幼稚園生のころから、パパと離れて暮らしてさみしかったです。これからはパパと一緒にサッカーしたり、2人で旅行したり、自転車に乗って公園に行ったりしたいです」という部分だった。
前述の通り、一緒にボールを蹴ることはしているということだが、その他にも“約束”はしっかりと果たされていた。引退後には東京で行われた日本代表戦を2人で観戦に行き、父子2人の時間を過ごした。息子にはその旅も思い出深いが、珍しいことをしたわけではない家族での時間も印象に残っているという。「家族一緒に(父の故郷である)和歌山に行って、そこでお父さんと一緒においしいものを食べたり、花火をしたりしたのは、前と違ってうれしかった」。父が現役時代とは異なる時間をすごしたことで、親子愛はさらに深まった。
手紙に書いたように「パパみたいな努力するサッカー選手になりたい」という目標は変わっていないが、同世代屈指のタレントがそろう今大会メンバーに選ばれるほどの力を付けたことで“野望”は大きくなっている。「お父さんのような選手を目指すけど、超えたいと思ってやっている。どんな大会でも得点王になれるようなFWになっていきたい」。指導者として新たな道を歩んでいる父とともに、今後もこの親子の活躍から目が離せない。【永田淳】
駒野友一引退セレモニーで、息子の友春が読んだ手紙は以下の通り。
パパへ
23年間お疲れさまでした。僕はパパの試合を見に行ったり、家でもいつもパパの日本代表の時の試合やプレー集を何度も何度も見てきて、両足から繰り出される精度の高いクロスと、サイドを駆け上がる姿が大好きです。だから、パパが引退すると聞いたことは涙が出ました。パパは僕の憧れのサッカー選手だからです。
僕がパパから一番よく言われたことは、僕がサッカーの試合でミスをして消極的になった時に『失敗しても立ち上がって次に向けて努力をしなさい』と言われました。何度失敗しても立ち上がって練習して、パパみたいな努力するサッカー選手になりたいです。
パパのサッカー人生は、誰も経験したことのないサッカー人生で、誰よりもたくさんうれしいことも辛いことも乗り越えてきたからこそ、今までのピッチに立ち続けることができていたと考えると、本当にすごいなとあらためて感じました。
だけど、本当は幼稚園生のころから、パパと離れて暮らしてさみしかったです。これからはパパと一緒にサッカーしたり、2人で旅行したり、自転車に乗って公園に行ったりしたいです。
最後に、僕の憧れのサッカー選手、駒野友一選手、日本のために戦ってくれてありがとう、感動を与えてくれてありがとうございました。今治のみなさん、日本のみなさん、駒野友一を忘れないでください。駒野友春より。