<担当を離れる記者からのラストメッセージ>
J2時代の2020年にスタートしたアルビレックス新潟の担当を、紙面の休載に伴い、9月30日で離れることになりました。
番記者になった年は、クラブがブラジル人アタッカーを軸とした堅守速攻からポゼッションスタイルに舵を切ったシーズンでした。プロジェクトを任されたアルベル監督(20、21年在籍)が選手たちと作り上げるシン・スタイルに「これから、どんなサッカーが見られるのだろう」と心が躍ったことを覚えています。
その年と、翌21年はアルベル元監督が種をまいて、選手たちと水をやって育てたフットボールを展開しましたが、ともに終盤戦で失速。J1昇格こそ逃しましたが、着実にスタイルの成長を感じられました。
アルベル元監督は退任時に「この2年間で目指してきた方向性を、今後もクラブが継続してくれることを心から願っています」という言葉を残しました。
22年は、コーチから昇格した松橋力蔵監督(21~24年在籍、現FC東京監督)が就任しました。前監督のスタイルを継承しながら、より縦への速さを融合させたフットボールをチームに浸透させ、見事にJ2優勝を一気に決めました。
J1に6季ぶりに帰還した23年は10位でフィニッシュ。選手たちが共鳴し、互いを輝かせる独自スタイルは他のJクラブからも絶賛されたほどです。24年にはルヴァン杯決勝で名古屋グランパスと聖地国立で激闘を繰り広げてくれました。
メッセージ性のある言動で常に先頭に立ち、選手をけん引した松橋元監督は、ピッチ外のエピソードトークの引き出しも豊富で、それでいてチャーミングでした。報道陣とのコミュニケーションにも積極的な方。23年春は、名古屋グランパス長谷川健太監督との現役時代のマル秘エピソードを紙面に書いて(笑いながら)しかられたり。24年夏には、遠征の長旅のお供にグミを持っていくという話を引き出して記事にしたところ、反応したサポーターがネーミングした「#力蔵グミ」がSNSで小バズりしたり。オフ・ザ・ピッチでも、たくさん楽しませてもらいました。
そんな松橋監督もチームを去り、選手の入れ替えがあった今シーズンは、序盤から低調なパフォーマンスが続いています。6月の監督交代もありましたが、クラブが20年から築き上げてきた「ボールを愛する」フットボールは迷子になり、在籍する選手の能力を最大限に引き出しているとは言いがたい状態です。
アルベル元監督はクラブを去る際、こんなメッセージも発信していました。
「サポーターの皆さん、アルビレックス新潟のプレースタイルを決めるのは、クラブではありません。このスタイルをサポーターの皆さんが評価し、楽しんでいただいているのであれば、今後はサポーターの皆さんこそが、クラブがこのスタイルを継続できるようにサポートしてほしいと思います。プレースタイルを決める、そして守る役割を担っているのは、サポーターの皆さんです」
クラブは今後、どのような道を歩むのか-。今季は残り6試合で、最下位。J1残留には厳しい位置にいます。
いつか訪れるであろうV字回復に立ち会うことができず残念ではありますが、私もアルベル元監督と同様に、新潟には伝統の粘り強さをベースとしながら、時代の流行に左右されることなく、個人で打開する部分とユニットで相手を揺さぶることに特化した魅力ある独自スタイルを、遠い未来まで継承してほしいと、切に願っています。
日々の取材に丁寧に応じてくれた選手、コーチングスタッフ、中野社長、寺川強化本部長、野澤営業本部長には本当に感謝しています。
クラブが将来、どのような色の花を咲かせるのか。立場は変わりますが、いつか満開の花を咲かせる日が来ることを楽しみに待とうと思います。【20~25年サッカー担当=小林忠】