1カ月後に40歳も元代表MF関口訓充が現役続行を決断「Jリーガーで引退」夢へ個人協賛で共闘

現役続行を決断した、来月40歳になるMF関口訓充。オフはゴミ拾いも行っている

サッカーの元日本代表MF関口訓充(39)が、現役続行を決断した。かねて「少なくとも40歳まで」と覚悟を公言してきた中、その誕生日が12月26日に迫る。Jリーグで公式戦500試合以上に出場してきたドリブラーが、節目の40歳。ファンには感慨深いものがある。

改めて本人が決意したのは「まだまだ頑張りたい。最終目標である『Jリーガーで引退』を、まだまだ諦めない」だった。

「この年齢まで自分がサッカーをやってこられたのは、皆さまの支援のおかげです。支えがあっての今の僕だと思っていますし、これからもそうありたい」

昨季まで関東1部の南葛SCで3シーズン勝負し、来年も、不惑を迎えた26年シーズンも社会人5年目のピッチに立つつもりだ。

帝京高を卒業後、ベガルタ仙台、浦和レッズ、セレッソ大阪でJ1通算225試合12得点、J2通算247試合20得点。そこから一転、当時まだJ1だった仙台から国内5部カテゴリー相当の南葛に電撃移籍した時は、サポーターを驚かせた。

今季は関東2部COEDO KAWAGOE F.Cでプレーし、中学生のスクールコーチも兼任。後進育成だけでなく、オフは街のゴミ拾いを欠かさないなど、夢を追いながら地域貢献を重ねてきた。

そして、来季も。突入するプロ22年目へ「2026年シーズンも、個人パートナー様と共闘していければ」と思いを込めた。「皆様の熱い応援、ご支援が自分の原動力となります。ぜひ力を貸していただけますと幸いです」と語る。

南葛SC時代は、クラブ独自の施策「個人パートナー契約」に、より息の長い活躍ができるよう支えられた。練習着に「法人」「個人」のスポンサー名を個別に冠することができ、パートナーの数から金額まで選手が自由に決められるシステムだった。

その協賛費から諸経費を除いた額が、クラブからの年俸にプラスしての個人収入=活動費に。南葛3季目の24年は計38もの企業、団体、個人からサポートを受けた。別クラブに移った今季も躍動できたのは、支援のおかげだった。

「挑戦の場を移した後も多大なサポート、後押しをいただけたことで(自宅がある仙台市を離れて)単身赴任でサッカーを続けることができました。『共闘』させてもらいつつ、選手として『もう1度、Jリーグに戻って引退する』夢を、その道を今でも伴走していただいていることに、改めて心から感謝したい1年でした」

現在は、自主トレーニング用のウエアと、スクールで指導する時の2種類でパートナーを募集している。

「40歳も通過点にしたいですし、変わらず新たなチャレンジの1年。そのベースとなる自主トレから自分の可能性を示せれば。未来ある子供たちを教える時に着ている、指導シャツ用のパートナー様も募集させていただきます。ぜひ皆さまの力を、自分たちに貸してください。好きな文字、言葉、名前を入れられます」

最終目的地と定め、返り咲きを思い描くJリーグの舞台は、仙台でJ1の34試合中28試合に出場した21年が最後になる。

「社会人リーグの仲間たちは、仕事をしながら1つでもステージのレベルを追い求めています。その中で個人協賛に支えられている自分は、Jリーグ時代と同じように、サッカーに専念できる環境を与えてもらえています。あと何年、この生活を続けられるのか。自分でも未知数なところはありますけど、夢は膨らむばかりです」

40歳で挑む2026年。恩返しを果たすまで、まだスパイクを脱ぐわけにいかない。【木下淳】