昨年8月10日に81歳で亡くなった「日本サッカー界最高のストライカー」釜本邦茂さんの「一周忌」が29日、大阪市内で行われ、元日本代表監督の西野朗氏(71)、元日本代表のラモス瑠偉氏(69)、大相撲の湊川親方(元大関貴景勝、29)、俳優松平健(72)ら約150人が出席した。
妻の修子さんは全国各地から駆けつけてくれた出席者に感謝の気持ちを明かした。「みなさんが思い出を話してくださいましたが、ラモスさんが『親分、親分』と話してくれたり、お父さんが生きていた現実に戻ったような1日でした。お葬式の時は気が入っていて涙が出なかったけれど、今日は胸が熱くなりました」と感極まる場面もあった。
さらに「こんなにたくさん来ていただいて…。お父さんは地位も名誉もお金もそんなに残さなかったけれど、いつも『人は財産』と言っていたその通りに、人は残してくれました」と釜本さんにも感謝した。
死去から約1年が経過しているが、まだ納骨はしていない。「遺骨もまだまだ2年くらいは近くに置いておきたい。なんだか寂しくてね」と本音も漏らした。
祭壇には笑顔を見せるスーツ姿の遺影が飾られ、釜本さんがJリーグ初代監督を務めたガンバ大阪の幹部から届けられたAFCアジア・チャンピオンズリーグ2(ACL2)の優勝カップも特別に置かれた。
会場内外では、68年メキシコ五輪で7得点を挙げて得点王にも輝くなど男子日本代表国際Aマッチ歴代最多75得点を誇るプレーや、ペレら海外のスター選手と肩を並べた写真やパネルの数々も紹介された。壇上の上部でもスライドで生前の写真が数多く披露され、闘病中に家族から誕生日を祝福された姿なども公開された。
修子さんも「ペレさんやベッケンバウアーさんたちは先にあっちに行ってしまった。お父さんも寂しがっていましたから、今ごろは一緒にボールを蹴って楽しんでいるんじゃないかと思います」と願った。
◆釜本邦茂(かまもと・くにしげ)1944年(昭19)4月15日生まれ、京都市出身。山城高から早大に進学し、2年時に64年東京五輪に出場。68年メキシコ五輪では7得点を挙げ得点王となり銅メダルを獲得。日本代表国際Aマッチ通算76試合出場75得点は男子歴代1位。ヤンマーでは7度の日本リーグ得点王と4度の優勝、通算251試合202得点で84年に現役引退。現役時は公称179センチ、75キロだが、実際は181センチ。JリーグではG大阪の初代監督を務め、日本協会でも副会長などを歴任。政界でも95年から参議院議員を1期務めた。05年日本サッカー殿堂入り。趣味はゴルフ、時代劇観賞。血液型B。昨年8月10日に肺炎のため大阪府内の病院で死去。