東京学芸大5年ぶりプロ誕生 高校時代控え、一般入試から夢かなえた半田祥真の異色キャリア

J3・FC岐阜に加入する東京学芸大MF半田祥真

関東3部リーグ所属の東京学芸大MF半田祥真(22)が、来年1月からJ3・FC岐阜へ加入すると発表された。静岡学園時代は控えで、一般入試で大学進学した苦労人がプロ切符をつかみ取った。すでに特別指定選手としてデビューも果たしたファンタジスタがこのほど取材に応じ、これまでの道のり、今後の夢について語った。全2回の前編。【取材・構成=佐藤成】

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かつては岩政大樹(現監督)や高橋秀人ら日本代表も輩出した東京学芸大に5年ぶりにプロ選手が誕生した。関東3部の前期までに6ゴールを挙げていた半田。ドリブルと高精度なキックが武器で、8月末に岐阜への内定が決まると、すぐに特別指定選手となり、9月2日のルヴァン杯でプロデビューを果たし、同5日にはリーグ戦の初出場を飾った。

「ベンチスタートで名前呼ばれて出られるとなった時は、なんかすごくうれしくなった。でも、リーグ戦は負けてる状況だったので、短い時間だったんですけど、チームのために、どう点取るのかを考えて入りました」

周囲は教員志望や一般企業を目指す学生が多い中、就職活動はせず、プロ一本に絞った。8月に練習参加などを経て、複数クラブから関心を寄せられた。

「プロになれなかったら、その後に考えようみたいな感じでした。大学でサッカーしてきて、ある程度自分に自信がついて、プロと練習試合する機会とか、大学で、そのあとプロに行った選手を同じピッチで見たりする中で、自分がプロになれるという根拠があるのかないのかわからない自信がありました。さすがに少しは焦りはあったけど、プロになれると思ってましたね」

岐阜の練習参加した際、トレーニングマッチでも自分の持ち味を出せた実感があった。すぐにオファーをもらった。「岐阜はサッカー的に自分に合うんじゃないかなという風に思っていた。なのでオファーが来た時は素直に結構うれしかったです」と即決した。

決して順調なキャリアを歩んできたわけではない。元々はボランチで、全国級のタレントが集まる静岡学園時代は、主にサブ。「主力にアクシデントがあったら出るくらい。メンバー外も全然ありました」と振り返る。高校の先輩が東京学芸大に進学していたこともあり「大学でどうプロになるか考えた時に、やっぱ学芸かな」と目標とするも、高校3年秋にあった推薦試験に不合格。猛勉強の末、冬の共通テストを受けて、2次試験も乗り切って合格をつかんだ。

「推薦に落ちた時のために共通テストの勉強もやりなさいよと言われてはいたんですけど、でも半分ぐらいは受かるでしょ、みたいな感じでいたので、ちょっとショックでした」

他の強豪私大のように有望選手をかき集められる訳ではない同大では、1年時から出場機会を得た。シーズン序盤はボランチとしてプレーし、夏のアミノバイタル杯からサイドハーフに転向した。

「最初は全然できなくて、ゲームを作る系のボランチっぽいサイドハーフみたいな感じでした。サイドで1対1になってもまずはボールを取られないように、と考えていたけど、攻撃的なプレーがどんどんできるようになって、サイドハーフっぽくなりました」

しかし、チームの成績は思わしくなく、最下位で関東3部からの降格を余儀なくされる。大学2年時は東京・神奈川1部リーグでプレー。「2年の時はもう本当に1年で戻らないとプロはもう無理なんじゃないかと思ってやってたんで、1年で戻れてよかった」と思い起こす。

転機が訪れる。2年目のシーズン後半に現監督の岩政氏がコーチとして加入。難しい参入戦を勝ち抜き、1年での関東復帰を決めた。そのシーズンの最後に、半田は岩政氏に「どうしたらプロになれますか?」と質問しに行った。積極的なタイプではないが「これだけプロで経験ある人と話すチャンスがあるんだったら聞いておかないと」との思いに突き動かされた。

「やっぱアタッカーやるんだったら、得点、アシストという、目に見える数字を出す必要がある。そこがついてれば、勝手にプロの目にも止まるという話はされました。自分の中でも得点とかアシストが取れることが、何よりも証明になるというか、自分を価値付けるものになるなと落とし込んでやっていきました」

受けた助言を胸に進化を遂げた。<続く>

 

【岐阜】東京学芸大MF半田祥真の加入内定発表「持ち味をピッチで」最速9・2ルヴァン杯も