【サッカー】田嶋幸三名誉会長がFIFA会長立候補を電撃表明「決断しなければならなかった」

FIFA会長選挙への出馬を表明するJFA田嶋幸三名誉会長(撮影・保坂果那)

日本サッカー協会(JFA)の田嶋幸三名誉会長(68)が、来年3月に行われる国際サッカー連盟(FIFA)の会長選挙への出馬を電撃表明した。5日、都内で行われたJFA理事会後に明かした。現在、FIFA理事を務めており、FIFAの公平、公正性を取り戻すためインファンティノ現会長の再選を阻止すべく、日本人初の立候補者として、名乗りを上げた。

   ◇   ◇   ◇

電撃表明だった。JFA宮本会長の取材対応の予定だった場に登場した田嶋氏が、FIFA会長選への立候補の意思を固めたことを明かした。理事会に出席した14人の全理事の満場一致で推薦を決議した。「日本サッカーが今まで築いてきた、誠実で健全で、そして高潔性のある、そういうものをしっかりと世界に発信していかなければいけない」と力強く訴えた。

出馬を決断したのはW杯北中米大会後。レッドカードを受けた米国FWバログンが出場停止処分を猶予したFIFAの異例の対応が許せなかった。政治介入やW杯の運営子会社設立計画など、インファンティノ現会長の続投に疑問を持った。書簡で質問状を投げたが、返信はなし。現時点で有力な対抗馬は不在。再選の可能性が高まり「彼がまたこのまま就くということが最も良くないこと」と、日本人初の立候補を決めた。

今後は日本の他に4つの連盟や協会の推薦が必要。この日の表明をもって立候補に向けた取り組みを活発化させる。立候補の届け出の締め切りは18日。勝算については「まずは手を挙げて、その場に乗るということが大切。もちろん出るからには勝ちたいと思っているが、勝つ負けるよりももっと大切なことがある」と言い切った。

「フェアで公正なFIFAに戻るべき。高潔性とかそういうものを取り戻すということのことを考えると、やはり決断しなければならなかった」と、自身の信念を貫き、突き進む。日本サッカーを背負い、クリーンなFIFAを復活させるために立ち上がる。【保坂果那】

◆田嶋幸三(たしま・こうぞう)1957年(昭32)11月21日生まれ、熊本県苓北町出身。5歳の時に東京都世田谷区へ転居。6歳の時に64年の東京五輪を見てサッカーを始める。浦和南高では主将FWとして75年度の全国選手権で優勝。筑波大4年時に日本代表入りし、国際Aマッチ7試合1得点。卒業後は古河電工へ。同期に岡田武史氏。83年に引退し、ドイツ留学。現U-17W杯の日本代表監督から02年に日本協会の技術委員長。JFAアカデミー福島の創設に携わる。専務理事、副会長を歴任し16年に第14代会長。2期8年を全うして名誉会長。15年からFIFA理事(現名称はカウンシルメンバー)。