【浦和】西川周作、最多出場更新も「浦和の街でパレードするのが僕の1つの夢」挑戦は続く

神戸対浦和 J1最多673試合に出場した浦和GK西川周作(左)は試合後サポーターにあいさつする(撮影・宮地輝)

<明治安田J1:神戸2-2浦和>◇8日◇第14節◇MUFG国立

浦和レッズGK西川周作(40)が神戸戦でJ1歴代単独最多となる673試合出場を達成した。元日本代表MF遠藤保仁氏の記録を更新した。大分時代の05年にプロデビューして、22年目で打ち立てた金字塔。本田圭佑、長友佑都ら86年世代のライバルの存在に刺激を受ける四十路の守護神は、浦和でタイトルを手にするためにゴールを守り続ける。記念すべき試合は2-2で引き分けるも、好セーブには「西川」コールで湧いた。

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西川周は、大記録を達成した喜びよりも、2-1の後半追加タイムに追いつかれ、逃した勝利のことを最初に口にした。「勝ちきれなかったという悔しさがある」。勝ち点3で自身の節目を飾れなかった。だが、快挙を祝う周囲の称賛は、素直にうれしい。「僕の中ではいつも通りの1試合と思いながら試合に挑もうとしたけど、本当にたくさんの方の応援もあって、多少意識してしまっている自分がいた。応援してくれている方のおかげ」と、感謝の思いが湧いた。

原点を忘れない。出場試合数に「1」が刻まれた、05年7月2日のデビュー横浜戦。前日は「震えて緊張して、その感覚は今でも覚えている」と振り返る。プロ生活22年目の現在でも、試合前にはふと緊張が襲ってくる。「ネガティブなことは絶対に考えず、口に出してポジティブな言葉を自分に言い聞かせる」のがルーティンだ。この日も、多数のカメラマンのレンズが自身に向いているのに気づくと、「今日の俺は絶対できる」と、自らに語りかけ、ピッチに立った。

長友や本田ら、国内外で戦う同世代が刺激を与えてくれることも大きなエネルギーだ。「佑都が言っていた。『とがってなんぼ』と。自分もそういった存在でありたい」。四十路(よそじ)を迎えて「サッカー人生の第二章」として、新たな気持ちでプロ生活を送る。まだまだ守護神の座を渡すつもりはない。

子どもの時は家族との買い物に行く時もネットに入ったサッカーボールを蹴り、毎日汚れを拭いてから一緒に布団に入って寝る生活を送った。小学生時代に地元で盛んなわんぱく相撲に誘われるも、サッカー一筋だった少年には、まだ達成していない目標、そして夢がある。「浦和レッズでリーグタイトルを取る。浦和の街でパレードするのが僕の1つの夢」。チームを救い続けてきた背番号1の挑戦は続く。【保坂果那】

◆西川周作(にしかわ・しゅうさく)1986年(昭61)6月18日生まれ、大分県出身。大分の下部組織からトップ昇格し、大分、広島をへて14年から浦和。J1ベストイレブン6度選出。国内3大タイトルに加え、アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)も2度制覇。05年ワールドユース(現U-20W杯)、08年北京五輪、14年W杯ブラジル大会に出場。国際Aマッチ31試合。183センチ、81キロ。

【動画】浦和GK西川周作がJ1単独最多の673試合出場

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