<高校サッカー:星稜4-2前橋育英>◇決勝◇12日◇埼玉

 星稜(石川)が前橋育英(群馬)を延長戦の末に振り切り、25度目の出場で石川県勢として初優勝を果たした。前回大会決勝では富山第一にまさかの逆転負けを喫した。その悔しさを知るFW森山泰希(3年)が勝負どころで2ゴールを奪った。試合前には、交通事故で入院中の河崎護監督(55)から激励メールが届き、チームは一致団結。病床の恩師に、悲願だった日本一の吉報を届けた。

 とめどなく流れる涙を抑えられなかった。3年間で2度流した涙とは違う、誇らしい涙だった。前々回大会の4強。前回大会の準優勝。ようやく雪辱を果たした。歓喜するスタンドを見て実感した。DF鈴木主将は涙を拭い、あふれんばかりの笑顔を咲かせた。

 まるでタイムスリップしたようだった。1点リードの後半、2分間であっという間に勝ち越された。「ここで終わったら去年と一緒になるぞ!」。円陣の中で森山が叫んだ。リードしていながら、試合終了間際に同点とされ、延長で勝ち越された前回大会がよみがえる。勝つためには2点以上が必要だった。

 後半19分にDF原田が頭で同点とする。延長戦に突入。そして試合を決めたのは前回決勝でもゴールを決めた森山だった。延長の20分で2得点。首都圏開催となった76年度以降、2大会連続決勝弾は史上初だった。「去年は銀メダルだったけど、金を取るまで受け取らないと実家に送っていた」。悔しさを晴らした。

 この人の話が聞きたかった。試合開始5分前。木原監督代行が携帯電話を取り出し突然、文章を読み上げた。「1年生の時は3位。去年は2位。お前らは両方の悔しさを知っているから、日本一取れるぞ」。木原監督代行の声色は震える。「鈴木を中心に団結してくれている。ラスト1試合優勝して帰ろう」。まだ点滴が外せない体の河崎監督から届いたメールだ。思わぬ激励に涙する選手もいた。鈴木主将は「絶対に勝たないといけないと思った」。

 その河崎監督は愛知県内の病院に入院中で、地元・石川の病院へ転院できるのは早くても1月末だという。決勝は現実的に間に合わなかったが、選手には伝えなかった。この困難を乗り越え、結束を固めてくれると信じていた。鈴木主将は「今の僕たちには、試練があった方が良かった」。采配できなかった名将が唯一できた采配だった。

 25度目の挑戦でつかんだ優勝だ。木原監督代行は「河崎先生に早く選手から伝えてあげたい」。3大会連続の4強入り。その成功の陰で、3年生は常に前チームを超えなければいけない重圧と闘い、悔しい経験を糧とした。鈴木主将は「3年間この日のためにやってきた」と言葉をかみしめた。国立から移転した新たな聖地で、星稜が歴史の1ページを作った。【小杉舞】

 ◆星稜

 1962年(昭37)「実践第二高等学校」として創立された私立校。63年から現校名。サッカー部は67年創部。部員数は121人。07年度全国総体準優勝、13年度選手権準優勝。主なOBは本田圭佑(ACミラン)豊田陽平(鳥栖)。所在地は石川県金沢市小坂町南206。干場久男校長。生徒数は1706人(女子786人)。

 ◆前回大会決勝VTR

 どちらも勝てば初優勝という北陸決戦・星稜-富山第一。星稜は前半34分にエースで主将のMF寺村が先制ゴール。後半25分に2年生FW森山が頭で加点し、試合を優位に進めた。2点のリードで優勝は決まりかと思われた後半41分、MF寺村を下げて守りに入った。すると状況は一変し、後半42分に富山第一FW高浪にゴールを奪われ1点差とされる。さらにロスタイムのラストワンプレーでPKを与えてしまい、MF大塚に決められ同点に追い付かれた。そして延長後半9分、MF村井に勝ち越し点を許し、まさかの逆転負けを喫した。