ボタフォゴ本田をブラジル大歓迎「日本=ヘタ」変化

ブラジル1部の古豪ボタフォゴに加入するMF本田圭佑(33)が7日、本拠地リオデジャネイロの国際空港に到着し、現地のサポーターから熱烈な歓迎を受けた。クラブ公式サイトによれば、詰めかけたサポーターは何と2000人以上。

「ようこそHONDA」と日本語の横断幕が掲げられ、ハチマキを締め、日の丸を手にするサポーターも目立った。王国の想像を超えた歓迎ぶりにより、圧倒的な活躍を期待されていることも、はっきりした。

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ジャケット姿の本田は、その熱狂ぶりに笑みを浮かべ、新天地に降り立った。到着ロビーはサポーターで埋め尽くされ「オーレー、オレオレ、オレー、ホンダー」の大合唱。本田は台に乗りチーム応援旗を掲げて応じた。クラブの公式YouTubeチャンネルで「こんな経験は初めて。本当にたくさんの人が空港で待っててくれた。本当にうれしいし、興奮した。早くサポーターのためにプレーしたい」と話した。空港周辺の道路は渋滞。発煙筒がたかれるなど大混乱。日本人選手の加入はクラブ史上初。期待の大きさは、想像だにしないレベルだった。

クラブは「空港をボタフォゴのファンで埋め尽くして本田を迎えよう」と事前に到着時間など詳細を公表していた。実際、空港はサポーターで埋め尽くされ“占拠”された。元オランダ代表MFセードルフ(12~14年)の加入時にも約2000人が詰めかけたというが、サポーターはかつてのレジェンド外国籍選手と本田を重ね合わせているかのよう。昨季15位と低迷したチームは救世主を求めている。14年1月のACミラン移籍時も到着時のマルペンサ空港は大混乱したが、それでもサポーターら待ちかまえたのは200人。それが6年たって、南半球で10倍になった。

ブラジルでプレー経験がある日本のレジェンド、FWカズ(三浦知良=横浜FC)は、かつてサッカー不毛の地とされた日本人選手への偏見などでつらい生活を送っていたという。ポルトガル語の「日本人」=サッカーが下手な選手をあらわす蔑称とされた時代もあった。だが、その王国で、日本人がこのように迎えられる日がやってきた。一方で、目に見える結果を残さなければ、王国ブラジルのサポーターを満足させることはできない。この声援が一転して罵倒に変わる危険性もはらんでいる。

東京オリンピック(五輪)にオーバーエージ(24歳以上)枠での出場と金メダル獲得を目指す本田は、昨年11月にオランダ1部フィテッセに加入したが、同12月下旬に退団。南米のチームでのプレーは今回が初となる。

◆過去にブラジルでプレーした主な日本人選手 ブラジルの公式戦に初めて出場したのはFW三浦知良。静岡学園を中退し、15歳でブラジルに渡り、サントスとプロ契約した。元日本代表MF前園真聖は98年にV川崎(現東京V)から3カ月の期限付き移籍でサントスに加入したが、出場機会は少なかった。元ブラジル代表MFのジーコ氏が出資したクラブ、CFZには元日本代表FW鈴木隆行、FW平瀬智行らが鹿島からの期限付き移籍でプレー。

◆ボタフォゴFR 1894年創設。リオデジャネイロにある本拠地「ニウトン・サントス・スタジアム」は収容4万6831人。1部リーグ優勝1度、国内杯優勝1度、リオデジャネイロ州選手権優勝20度など、多くのタイトルを獲得している名門。過去には「バイシクル・シュート」を初めて打ったと言われるレオニダスや、ベベットらブラジルの名選手も在籍。本田もつけたACミランの背番号「10」を背負ったセードルフも晩年にプレーした。チームカラーは白と黒。

◆ブラジルのサッカー 1月からシーズンが始まり、1~4月が州選手権、5~12月に全国選手権が行われる。州選手権と全国選手権は別の大会で、主催も州サッカー協会とブラジルサッカー連盟に別れている。リオ州の州選手権はフラメンゴ、フルミネンセ、バスコ・ダ・ガマ、ボタフォゴが「ビッグ4」。全国選手権1部は20チームで争われ、昨季はフラメンゴが優勝し、ボタフォゴは15位。