ポルトガル代表FWクリスティアーノ・ロナウド(36=ユベントス)の古巣マンチェスター・ユナイテッド復帰が決まった。
両クラブが合意し、マンチェスターUが27日に発表した。
当初から“ライバル”マンチェスター・シティー移籍の可能性が報じられてきたが、27日に状況が一転。英マンチェスター・イブニングニューズ電子版によると、ロナウドを説得するために恩師アレックス・ファーガソン氏(79)がロナウドと直接話をし、古巣復帰を呼び掛けたという。
ロナウドのサッカー人生を大きく花開かせた人物こそ、このファーガソン氏である。1986年から23年間にわたり、マンチェスターUの監督を務めた言わずと知れた世界的な名将だ。ロナウドを2003年夏にマンチェスターUへと迎え入れた。
両者の初対面は、ロナウドがポルトガルの名門スポルティングに所属した03年8月6日。改修したホームスタジアムの「こけら落とし」となったプレシーズン戦だった。マンチェスターUを相手にロナウドは、名将が見守る前で鮮やかなステップを披露。名だたる一流選手たちをドリブルで手玉に取り、チームを勝利へと導いた。
実はこの時、マンチェスターUは既に「1年先の獲得」で合意していた。しかし試合後のファーガソン監督は「1年先まで待てない。契約できなければ、このスタジアムから出ていかない」。半ば強引に対面を果たすと「君に期待している。今季からプレーしてくれないか」と熱く語りかけた。2日後には英国へわたり、施設を見学。さらに4日後、赤いユニホームに身を包み、入団会見となった。マンチェスターUのロナウド誕生だった。
異国で戸惑う少年に対し、ファーガソン監督は助言を欠かさなかった。2度の退団危機を乗り越え、互いのきずなは一気に深まった。最初は2006年、W杯ドイツ大会準々決勝でイングランドと対戦。挑発行為でルーニーを退場に追いやってのPK勝ちに、英サポーター、メディアから過激なバッシングを受けた。
「移籍するしかない」
傷心の愛弟子のため、同監督はポルトガルへ足を運び「オレを信じろ。みんな歓迎するはずだ。必ず戻ってこい」と説得した。
そして2度目は2008年夏だった。欧州チャンピオンズリーグを制し、少年時代からあこがれたレアル・マドリードへの移籍で気持ちが固まった。そこでも再びファーガソン監督がポルトガルまで出向いて「まだそのタイミングではない」と説得し、残留へと導いている。
このファーガソンの下で世界的スターへと成長を遂げ、数々のタイトルを獲得し、翌2009年に満を持してレアル・マドリードへと円満な形で移った。
時に叱責(しっせき)することもあったが、いつも心を包み込んでくれる温かな人間性。当時ロナウドは「僕は監督から学ぶべきことがまだまだ多い」と語っていた。
2004年に父ディニスさんを亡くしているロナウドにとって、ファーガソンとは「恩師」であり「父親」なのである。【佐藤隆志】