【ドーハ=上田悠太】陸上の世界選手権は6日(日本時間7日未明)に閉幕した。

日本はメダル3(金2、銅1)、入賞5だった。2年前である前回大会のメダル3、入賞2、16年リオデジャネイロ五輪のメダル2、入賞2を上回った。数字を押し上げたのは競歩。近年、メダルを量産する男子50キロの金メダルに続き、20キロも制覇する偉業だった一方で、個人のトラック、フィールド種目は前回大会に続き個人の入賞は1。まだ世界の壁は厚かった。

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■競歩は金メダル2つ

躍進が続く競歩は、過去最高の結果で、期待以上の結果を示した。

男子50キロでは鈴木雄介(31=富士通)が日本競歩界悲願の初金メダルをもたらした。20キロで世界記録を出してから4年半。その間、日本競歩界には五輪で1、世界選手権で3個のメダルが誕生したが、自身はけがとの闘いで、引退も考えた。「自分で勝手に日本競歩界のパイオニアだと思っていた。日本競歩初のメダルを奪われた悔しさもあった。でも初金メダルは自分が取れた」。葛藤、そして矜恃(きょうじ)がつまったレース後のコメントだった。

過去に日本勢の最高は6位だった男子20キロでも山西利和(23=愛知製鋼)が金メダルをとった。京大卒の男はレース後、「うれしい気持ちとほっとする気持ちと…。ちょっとやりきれないなという気持ちです」。同種目日本勢初、世界選手権史上6人目の金メダルにも、素直に喜べず、むしろレース内容への不満が先行していた。もちろん「ただ人と競い、勝った、負けたというレベルでなく、1つ上のレベルで競技をしていきたい」と言う山西だから、その哲学、競技への向き合い方は異端かもしれない。とはいえ、世界で活躍することは当然という“常勝”のメンタリティーが宿り、それが日本競歩界の強さになっているのを感じた瞬間だった。

■男子に続き女子も飛躍

女子20キロも岡田久美子(27=ビックカメラ)が6位、藤井菜々子(20=エディオン)が7位。日本勢の2同時入賞は初だった。男子に比べ、まだ女子は強化策が成熟していないのも事実だった。岡田は独自に強化スタイルを模索しながら、3度目の世界選手権にして初の入賞だった。その背中を見て育つ藤井も続いた。フィニッシュラインを越えた時の抱擁に胸は震えた。立派な女子育成の成功例となった岡田は「来年が勝負どころ。また切り替えて頑張りたい。表彰台の目標はぶれていない」。女子競歩界の夜明けも感じさせた。

競歩の合宿は世界で戦うことを念頭にされる。汗の成分を分析するなど暑熱対策も細かい作業を続け、情報共有も盛んだ。男子50キロのメダルに続けと、全体が底上げされた。「東京五輪へ向け、自分の経験を他の選手にも共有をして、自分が東京でダメになっても、3人のうち1人が東京でメダルを取れればいい」と鈴木。この言葉にも日本の競歩が強い理由を知る。

■各国ともリレーを強化

東京五輪で金メダルの期待を背負う男子400メートルリレーは、37秒43の日本新記録を樹立した。過去にリレーの代表経験がなかったサニブラウン・ハキーム(20=フロリダ大)とのバトンに不安が残らなかったのは大きな収穫で、それはタイムにも表れた。

しかし、メダルの色は銅だった。世界歴代2位を出した米国の37秒10、連覇を狙った英国の37秒36に屈した。日本記録だったからこそ、今の日本が置かれる金メダルへの厳しい現実も浮き彫りにした。桐生は「目標の色にはまだ届かなかったのが一番の感想」。目指しているのは日本記録でなく、金メダルだから、それは偽らざる本音だ。サニブラウンも「走力の部分でもう1、2段階上げていかないと金は全然見えてこない」と受け止めた。

各国もリレーへ強化を進め、突き上げも顕著だった。100メートル4位のシンビネ、200メートル自己記録19秒69のムニャイがいる南アフリカは予選でナショナルレコードを0秒59更新する37秒65をマーク。日本は予選で先着を許した。予選では37秒91を出しカナダ、黄金時代を築いたジャマイカまでも落ちた。それは日本も少しのミス、油断をすれば、同じ目にあうという警鐘でもある。

男子1600メートルリレーは予選で敗れ、今大会での東京五輪の切符はならなかった。アンカーとして最後に力尽きた若林康太(21=駿河台大)は「個の力で負けている部分がある」とうなだれた。今後は記録上位に与えられる枠で、東京の切符を目指す。冬には、代表候補の数人が400メートルで自己記録が世界歴代4位のマイケル・ノーマン(米国)がいる南カリフォルニア大へ武者修行に出向き、個の強化を図る。世界のトップを知り、成長の糧にする。

■橋岡は入賞にも悔しさ

男子走り幅跳びでは、橋岡優輝(20=日大)が7メートル97で、上位8人による決勝に進んだ。世界選手権では日本勢初となる入賞だった。でも、世界のトップを目に焼き付け、肌で感じ、取材エリアで発した最初の言葉は「悔しさでいっぱい」だった。初出場の20歳なのだから一般的に見れば、堂々たる結果だ。そこに満足できないところには、将来はメダルを争う存在になるような大器の予感をさせた。

期待された男子走り高跳びの戸辺直人(27=JAL)、女子やり投げの北口榛花(21=日大)は決勝進出を逃し、個人のトラック、フィールド種目の入賞は橋岡だけだった。日本陸連の麻場強化委員長が「東京五輪の陸上の盛り上がりを考えるともう少しトラック、フィールドの入賞者が欲しい」と言った。たしかに、決勝種目は海外勢ばかりなのは、さみしかった。

■20歳田中希実の快走

しかし、希望の光も忘れられない。サニブラウンはもちろん、男子110メートル障害準決勝を13秒58で散った高山峻野(25=ゼンリン)は、ハードルに脚を当てなければ、日本勢初の決勝進出を狙えた走りだった。本人は「目標は準決勝だった。満足」と話すなど無欲だが、それが逆に、歴史の扉をこじ開ける予感もさせた。女子5000メートルでは20歳の田中希実(豊田自動織機AC)が予選を日本歴代3位の記録で突破し、決勝へ。その舞台では14位だったが、タイムは15分0秒01と予選を上回る日本歴代2位だった。世界の強豪にも臆せず、大きな舞台で力を出せる若き才能は、間違いなくスターの素質を持つ原石だった。

トラック、フィールド種目の選手を少しでも多く東京五輪に立たせるため、8月に日本記録がタイ含め4つ誕生した福井県営陸上競技場での記録会が、5月か6月に実施される予定だ。

東京五輪は10カ月後に迫る。その足音は、どんどん大きくなっていく。ずっと先のように思えていた時間は、これから一気に加速するように感じてくる。