野口みずき「生まれ変わってもやっぱり走りたい」

現役引退会見で涙を見せる野口(撮影・清水貴仁)

 女子マラソンのアテネ五輪金メダリスト野口みずき(37=シスメックス)が、涙で引退を表明した。15日、神戸市内で会見し、トップレベルで走れなくなったことを理由に挙げた。今後は陸上の魅力を広く伝える仕事を志向する。世界歴代5位の日本記録2時間19分12秒を持つ不世出のランナーは「生まれ変わってもやっぱり走りたい」と、マラソンへの愛を口にして、現役生活に別れを告げた。

 野口は目を赤くして引退理由を口にした。「トップレベルの走りができなくなった」。08年北京五輪を欠場した左足のけがが尾を引いて、最近は走りのバランスが崩れた。全盛期の動きは取り戻せなかった。高校3年の時に「足が壊れるまで走りたい」と言った少女は20年たって「思う存分に走り切れた。すがすがしい気持ち。思いが達成できてよかった。(自分に)納得するまで走り切れてよかったね。お疲れさまと声をかけたい」と涙を浮かべて笑った。

 2年前から左足の力が抜ける症状に悩まされた。1年前には20年間コンビを組んだ広瀬総監督に「16年は引退をかけた年になると思うのでよろしくお願いします」と伝えた。昨夏は合宿先の米国の高地についた直後に走れなくなった。1キロ4分(マラソンで2時間48分台)で入れず、400メートル走(日本記録51秒75)で80秒もかかった。それでも「中途半端で終わりたくなかった」と3月の名古屋ウィメンズに出場。レース直前に最後を予感した広瀬総監督が「もうだめや」と涙した姿が目に焼きついたという。23位も完走を花道にして、決断した。

 すべてがいい思い出だ。08年北京の欠場は痛恨の出来事だが「神様が『1度つまずいたほうがいい』と言ってくれたと思った。その後もあきらめずにやって成長できた」。会心のレースには07年東京国際を挙げた。「実はアテネ五輪も風邪をひいて、のどを痛めていた。(日本記録の)ベルリンも足を痛めていた」。けがや不調に見舞われてもずっと走り続けてきた。

 もうマラソンから離れられない。「生まれ変わってもやっぱり走りたい。走っていると思う」と笑った。シスメックスを退社する予定はなく、今後は指導者よりも陸上の魅力を広く伝える仕事に興味を持っている。会見の最後には「またこれから違った形でちょこちょこ出るかも。応援してください」と一礼して会見場を後にした。【益田一弘】

<野口(のぐち)みずきアラカルト>

 ◆生まれ 1978年(昭53)7月3日、三重県伊勢市。

 ◆特長 151センチ、40キロ。小柄な体に似合わないストライド走法が代名詞。左利きで、アテネ五輪金のゴールは左手を突き上げた。

 ◆陸上 中1で友人に誘われて始める。「長距離が好きじゃなかった」というが、駅伝大会のご褒美で校長先生からたい焼きをもらって競技にのめり込む。

 ◆2人の恩人 ワコール入社時から藤田信之元監督と広瀬永和総監督の指導を受ける。03年大阪国際(2時間21分18秒)を印象深いレースに挙げて「2人が予想できないタイムを出せて、いい意味で裏切れた」。

Read more!