ボルト、ラスト20m遊んで世界記録9秒69/復刻

2008年8月17日付日刊スポーツ紙面

<日刊スポーツ:2008年8月17日付>

 プレーバック日刊スポーツ! 過去の8月17日付紙面を振り返ります。2008年の3面(東京版)は北京五輪の男子100メートルで世界新記録を更新し金メダルに輝いたウサイン・ボルトのニュースでした。

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<北京五輪:陸上男子100メートル>◇16日◇中国・北京国家体育場

 世界最速を、ド派手に証明した。男子100メートルの世界記録保持者ウサイン・ボルト(21)が、9秒69の世界新記録で金メダルを獲得した。1次予選から別次元の速さを見せつけ、決勝はラスト20メートルで勝利を確信。自分の胸をたたきながら余裕のフィニッシュで、5月にマークした世界記録を0秒03更新した。ジャマイカ勢の同種目金メダルは初めて。200メートルでは84年ロサンゼルス五輪のカール・ルイス以来、史上8人目となる100メートルとの2冠に挑戦する。

 こんなフィニッシュ、見たことがない。196センチのボルトが、異次元の速さで突っ走る。残り20メートルで右を向いた。勝った。両手を広げた。右手で胸をたたいた。五輪の決勝で、史上最多6人が9秒台をマークするハイレベルのレースで、この余裕。世界の視線を独り占めしながら、ゴールした。9秒69。無風。3カ月前の世界記録を自分で塗り替えた。

 スタート前、名前がアナウンスされると、弓を引くポーズで応えた。狙いは、金メダル。スタートから長く、ダイナミックなストライドでぐんぐん加速、終盤に左足の靴ひもがほどけたのも気にせず、42歩目でフィニッシュラインを越えた。そのままバックスタンドまでウイニングラン。母ジェニファーさんと抱き合った。「勝てると分かったときは、それはもうハッピーな気分だった。ウイニングランを終えるまで、自分が世界記録を出したとは気付かなかった」。

 専門は200メートル。100メートルは昨年まで10秒03が最高だったが、「英雄になりたい」と今季から本格参戦。その1年目にして世界新を出した実力は、本物だった。今大会は、1次予選も2次予選も、途中から力を抜いて楽々通過。準決勝ですら、首を左右に振って順位を確認しつつ、9秒85を記録した。

 カリブ海の島は起伏に富み、「天然の坂道」が走る原点。「靴が買えず、はだしで出た競技会で優勝したこともあった」。両親は元短距離選手。母は「落ち着きのなかった息子も走ると落ち着いた」と笑う。人気のクリケットに夢中だった10歳の夏、アトランタ五輪男子200メートルでマイケル・ジョンソン(米国)の世界新を見て「プロの陸上選手になる」と決意した。

 同国のライバルで元世界記録保持者のパウエルも「規格外だ」とあきれる天性のバネで頭角を現し、地元開催の世界ジュニア選手権200メートルで15歳332日の最年少優勝。電光石火の走りで一夜にして「サンダーボルト(雷)」の異名がついた。

 このメダルはジャマイカの悲願でもある。米国の高校、大学から勧誘があったが、国内に残った。88年ソウル五輪のジョンソン(薬物違反ではく奪)、92年バルセロナ五輪のクリスティ、96年アトランタ五輪のベーリー。3人ともジャマイカ出身ながら、海外移住して国籍を変えた。国民が待ち望んだジャマイカの金メダルだった。

 レース後は早くも次の照準に目標を定めた。「すでに200メートル(決勝20日)に集中している。2冠を実現してやる」。ボルトの中国語表記は「博■特」。偶然だが、文字に勝負師の雰囲気が漂う。名実とも、ボルトが世界最速男に上り詰めた。

■は欠のかんむりに小

 ◆ウサイン・ボルト 1986年8月21日、ジャマイカ・トレロニー生まれ。少年時代はサッカーやクリケットを行い、13歳から陸上を開始。当初は200メートルが専門。02年世界ジュニア選手権を史上最年少の15歳で優勝。04年には17歳で19秒93のジュニア世界新をマーク。昨年の世界選手権200メートルで2位となり、100メートルに本格参戦。今年5月に9秒72の世界新記録を記録した。趣味はテニス観戦。196センチ、86キロ。

 ◆五輪の男子100メートル世界記録での金 64年東京大会でヘイズ(米国)が世界タイ記録となる10秒06を記録。68年メキシコ大会でハインズ(米国)が9秒95を出した。88年ソウル大会ではベン・ジョンソン(カナダ)が9秒79を記録したが、競技後のドーピング検査で陽性反応が出たため失格に。96年アトランタ大会ではベーリー(カナダ)が9秒84を記録した。

※記録や表記は当時のもの