多田修平無名から2位「五輪選手に勝てたの大きい」

表彰台に上がり笑顔で手を振る多田(撮影・清水貴仁)

<陸上:世界選手権代表選考会兼日本選手権>◇第2日◇24日◇大阪市・ヤンマースタジアム長居◇男子100メートル

 多田修平(関学大)が10秒16で2着、ケンブリッジ飛鳥(ナイキ)が10秒18で3着に入り、3枠ある代表入り濃厚となった。

 多田は人生で初めて、ゴールのみを見続けた。スタートで飛び出し、中盤はサニブラウンが伸びた。視界は雨。それでも自分を信じて、走り切った。10秒16の2位に「悔しい気持ちが大きい」とゴール時の心境。少ししてやっと「2位だったけれど、五輪選手に勝てたのは大きい」と喜べた。

 最近まで自己ベスト10秒22、全国では無名に近い存在だった。10日の日本学生個人選手権で追い風参考の9秒94(電気計時で日本人国内初の9秒台)と、公認の10秒08を記録し「あれから(周りの)視線を感じる」と笑う。この日21歳の誕生日を迎えたシンデレラボーイは、初の世界選手権代表へ猛アピールにも成功だ。

 15歳での出会いが自らの可能性を広げた。大阪・石切中3年だった11年9月。大阪府の記録会で男子100メートルに出場し、決勝で8位。すると突然「ウチに来ないか。俺にだまされろ」と大阪桐蔭の花牟禮(はなむれ)武監督(46)に誘われた。翌春に立ち上がる陸上部(駅伝部は11年に創部)へ入部。恩師は「誰か目当てというわけじゃなかった大会。そこで多田のピッチ(回転)の速さ、接地時間の短さに魅力を感じた」。当時11秒5台だった少年はそこから下地を作った。

 2人がよく確認し合ったのは「軽自動車に大きなエンジンを積む」というイメージ。肩甲骨、太もも、股関節、体幹など、必要な筋肉だけをつけた。176センチ、66キロの体は細身に映るが、地面に置いたバーベルを肩の位置まで上げる「ハイクリーン」では100キロを記録する。水気を含んだトラックでも、地面の反発を呼び込む走りは輝いた。

 「東京五輪の個人で決勝に行ける選手になりたい」

 地元大阪で掲げた夢へ、腹はくくった。【松本航】

 ◆男子100メートルの世界選手権代表選考 代表枠は最大3。(1)派遣設定記録S(9秒89)を突破(2)参加標準記録(10秒12)を突破し、日本選手権優勝(3)派遣設定記録A(9秒98)を突破し、日本選手権で3位以内に入った最上位。(1)~(3)なら内定。これで枠が埋まらない場合、参加標準記録を突破し、日本選手権で3位以内の選手、参加標準記録を突破し、日本選手権以外の選考レースで日本人1位かつ日本選手権にも出場した選手、派遣設定記録Aを突破し、日本選手権8位以内の選手、強化委員会の推薦があった選手から選考する。