サニブラウン、昨年のリオ挑戦悪夢糧に大舞台で躍動

男子200メートル準決勝2組、2着に入ったことを確認し笑顔を見せるサニブラウン(撮影・河野匠)

<陸上:世界選手権>◇9日◇ロンドン◇男子200メートル準決勝

 悪夢から気持ちを切り替えて、サニブラウン・ハキーム(18=東京陸協)は200メートル決勝に駒を進めた。5日(日本時間6日)の100メートル準決勝では、スタート直後の4歩目でバランスを崩して失敗した。昨年6月には左大腿(だいたい)部を肉離れし、リオデジャネイロ五輪の出場を逃した。失敗や故障を糧に大舞台で躍動した。

 サニブラウンは競技場から宿泊先のホテル行きのバスに向かって歩きながら、ぽつりと言った。

 「引きずったってしょうがないじゃないですか」

 5日の100メートル準決勝。スタートから4歩目でつまずいた。バランスを崩して、スピードに乗れず、7着で敗退した。実力を出し切れば十分に決勝に進めるはずだったが、大きなチャンスを逃した。レース直後には「盛大にやらかしましたね」と笑い飛ばしたが、さすがに落ち込んだ。

 だが、この日は「悪夢」から切り替わっていた。失敗をうまく修正し、スタートからかみ合い、ぐんぐん伸びた。1度失敗するとなかなか立て直せない傾向にあった日本人にはない、修正力の高さを発揮した。

 東京・城西高3年だった昨年6月18日。「悪夢」に見舞われた。高校総体南関東大会の男子400メートルリレーに1走で出場した。大会後の会場のバックストレート。腰に巻きチューブをつけ、高速の感覚を体に染み込ませる練習をしていた。その最中に突如、倒れ込んだ。自力で動けない。医務室へ運ばれた。

 しばらくすると応急処置を受け、チームメートが押す台車に乗って医務室から出てきた。体は水の入った青いプラスチックのバケツの中。表情は沈んでいた。左大腿(だいたい)部の肉離れ。1週間後の日本選手権の欠場を余儀なくされ、リオデジャネイロ五輪への挑戦が断たれた。

 「悪夢」から立ち直ろうと治療に励んだ。高校の長野合宿中にテレビ観戦したリオ五輪の男子400メートルリレー決勝は、客観的に見ることしかできなかった。リハビリも兼ねて海外を回りながら焦らないように心掛け、さまざまな人の話を聞き、体の軸の使い方や体重移動などを学んだ。

 1年2カ月前の「悪夢」の経験は今回の舞台で生きた。200メートルの予選後、右ハムストリングに張りが出た。中1日の準決勝。冷たい雨が降り、レース時の気温は15度まで下がった。筋肉の状態に不安を残す中、環境は最悪に近かった。

 けがの怖さを知っているから万事を尽くした。レース前、オランダで練習をともにする男子3段跳び五輪2連覇のクリスチャン・テイラー(米国)から軟こう薬「タイガーバーム」をもらい、筋肉を「熱々の状態」にした。予選ではサブトラックに置いてきたベンチコートをグラウンドに出る直前まで着用。体の冷えを防ぎ、「最初の100メートル」で爆発力を発揮する準備を整えていた。【上田悠太】