競歩で銀の荒井広宙、生卵握り手に入れた美しい歩型

男子50キロ競歩で2着でゴールした荒井(右)と3着の小林は笑顔で健闘をたたえ合う(撮影・河野匠)

<陸上:世界選手権>◇13日◇ロンドン◇男子50キロ競歩

 男子50キロ競歩でリオ五輪銅メダルの荒井広宙(29=自衛隊)が3時間41分17秒で銀メダルを獲得した。競歩の日本勢では五輪と世界選手権を通じて、2位は過去最高位。2秒差の3位にも小林快(24=ビックカメラ)が入り、ダブル表彰台に輝いた。日本勢が同一種目で複数メダルを獲得するのは03年大会の女子マラソンで野口みずきが2位、千葉真子が3位に入って以来。日本勢の今大会の獲得メダルは3個となった。

 荒井はラスト300メートルで一気にスパートをかけて、36キロ付近から第2集団を抜け、2位を争っていた小林を突き放した。ゴール前は大きく両手を挙げてガッツポーズ。ゴール後は2秒差の銅メダルだった小林とハイタッチでダブル表彰台を喜んだ。リオ五輪の銅メダリストに続くメダルに「何年か前には考えられないことが普通にできるようになった。今の時代に競歩をやれて幸せ」と満面の笑みだった。

 それもそのはずだった。長野・中野実高の陸上部に入ったが、初日のウオームアップで吐いた。5000メートルの自己記録は18分台。長距離で芽が出ず、競歩に転向した。才能はなかった。ただコツコツと努力する力があった。高校時代の練習ノートには当日のメニューや反省が端から端まで記されている。その習慣は現在も欠かさない。「今は昔よりびっちりはできないですね」と苦笑いするが、地道な努力のたまものが今につながる。「陸上に取り組む姿勢は高校で学びましたね」と話す。

 後半の切れ味を生むスタミナは、過去に1度も歩型違反による失格経験がない美しさが支える。大学時代に競歩界の名コーチ内田隆幸氏に師事し、作り上げた。当時は肩に力が入る癖があった。ある日の練習。突如「練習終わったら中身を焼き卵にせえよ! 味付けしたらうまいぞ~」と生卵を渡された。それを手にトラックを歩いた。力が入ればつぶれるから、自然と肩の力を抜く感覚が身に付いた。後半も腕が振れるようになった。

 男子50キロ競歩は15年世界選手権、16年リオ五輪に続くメダル。過去2大会は、ともに銅メダルで銀メダルは日本競歩界初だった。海外メディアから東京五輪の目標を問われ、荒井は「ゴールド」と少し恥ずかしそうに笑った。【上田悠太】

 ◆荒井広宙(あらい・ひろおき)1988年(昭63)5月18日、長野県生まれ。中学で陸上部に入り、長野・中野実高2年で競歩を始める。福井工大-石川陸協-北陸亀の井ホテルを経て13年4月に自衛隊入り。16年リオ五輪男子50キロ競歩で銅メダル。世界選手権は11年から4大会連続で出場し、15年の北京大会50キロ競歩では銅メダルの谷井に次ぐ4位入賞。50キロの自己記録は3時間40分20秒。趣味はドローン。180センチ、62キロ。