防衛大・古林潤也 陸の夢舞台から空自パイロット夢

小田原中継所に到着し、7区の東農大・田中健祐(右)にたすきを渡す関東学生連合6区の防衛大・古林(撮影・鈴木みどり)

<第95回箱根駅伝>◇3日◇復路◇箱根-東京(5区間109・6キロ)

箱根ランナーから、日本を守る自衛官に羽ばたく。関東学連の古林潤也(4年=防衛大)が6区区間12位相当の1時間0分2秒で、初めての箱根の山を下った。同大から16年ぶりの出場となり、箱根の経験を糧に、将来は航空自衛隊のパイロットを目指していく。

古林は「防衛大でも箱根を走れることを証明できた」と笑った。10月の予選会で1時間5分29秒。関東学連のメンバーに16人中16番手で入った。元日、6区を予定した選手のけがも重なり、急きょ出場が決まった。16年前に6区を走った同大OBの岡本英伯さんとともに車に同乗し、助言を受けた。「下見も車でその1回だけ。でも準備をしてきたので」と振り返った。

箱根駅伝を目指して走った4年間。防衛大陸上部の中でも飛び抜けて速く、個人練習で鍛えた。朝5時に起きて50分ジョグ、拳銃を扱う授業などを終えた後は、ペース走などをこなし、1日で総距離20キロ以上を1人黙々と走った。今季は1500メートル、5000メートル、1万メートル、ハーフマラソンすべて自己記録を更新。兄史也さんが駒大時代に走れなかった箱根の夢もかなえ、兄が見守る中で走り抜けた。

11年東日本大震災での自衛隊の活動を見て、「かっこいい。最前線を守って、安心できる日本にしたい」と航空自衛官になる夢を持った。「箱根で、頑張ったら夢がかなうことが分かった。体力や忍耐力は将来にも生きる」。卒業後は養成学校を経て超難関のパイロット適性検査に挑む。「裸眼視力も必要なので、今月レーシック手術を受ける」とも言う。陸を地道に走ってきたイケメンランナーが、今度は空へ羽ばたく。【戸田月菜】

◆古林潤也(こばやし・じゅんや)1996年(平8)7月25日、徳島・鳴門市生まれ。「大家族なので自立したい」と故郷を離れ、岐阜・麗沢瑞浪中で寮生活をはじめ、1年の時に陸上を始めた。麗沢瑞浪高では10人ほどの駅伝部でチームが組めない経験もしながら、防衛大へ進学。好きな食べ物はスイーツで、ティラミスが大好物。家族は父、母、兄、妹3人。170センチ、57キロ。

◆防衛大と箱根駅伝 過去にはチームとして61、63年の2度出場し、いずれも15位。関東学連メンバーとして03年に岡本英伯が6区を走っている。

◆航空自衛隊パイロットへの道 空からの侵略や領空侵犯への対処など、防衛の最前線を担う。防衛大卒業後は、奈良基地にある幹部候補生学校での教育訓練と約半年の部隊任務がある。身体検査、視力検査、集中力を問う筆記試験などが課されるパイロット適性検査をクリアし、その後は各基地で任務にあたる。

◆関東学生連合 03年の79回大会からオープン参加で出場。シード権を持つ10校、関東インカレ枠の日大、予選会通過11校の計22校以外から、予選会の個人記録上位者を軸に16人が選出される。選抜は1校につき1人のため、記録上位でも校内2位であれば選ばれない。個人記録は有効も順位はつかず、チーム、個人ともに参考記録となる。