前マラソン日本記録保持者であり、東京オリンピック(五輪)で引退した大迫傑さん(30)が現役時代の節目を振り返った。28日、契約するナイキ社のオンラインイベントに登壇した。
人生の分岐点-。それを問われると、こう言った。
「アメリカにいったことは大きい。ナイキの人の協力もありつつ、自分自身で1歩を踏み出せた。世界が大きく変わった。今まで見えていなかったものが急に見え始めた。それ以上にワクワクの方が勝り、刺激を受けて、アウトプットできる仲間に恵まれた。いい循環が起きた。自分の世界を1歩踏み出してみたのが大きかったと思いますね」
最初の米国に渡ったのは早大3年時。そこで、トップ選手の練習を肌で感じ、必死でついていく日々は、自身を強くした。当時は英語も全く話せず、「銀行口座を開設するのも、5、6回通った」。苦労も多かったが、日本を飛び出し、新しい世界が見えた。
マラソンランナーとして、確かな自信が付いたのは17年4月のボストンだという。初マラソンながら、世界最高峰シリーズ「ワールド・マラソン・メジャーズ」に数えられる大会で3位に入った。日本人では瀬古利彦氏以来、30年ぶりの表彰台に立った。
「42キロ走るのが初めてで不安もあったが、3位という予想以上の結果になった。この種目は僕の種目かもしれないと思った」
同年2月の丸亀国際ハーフマラソンで調子は悪かった中、1時間1分13秒と納得いく走りができた。その結果を受け、急きょ、ボストンへの参加を決めたという。
常に挑戦を続けてきた。それを支えたのは自分への期待だった。
「こうなりたいという像。こうなったら、どんな世界が待っているのだろう、楽しいのではという期待感。もちろん苦しいのもあるんですけど、その期待に支えられ、それをつかみにいきたいから全力で走っていたのはあると思います」
多くの鮮烈な走り、結果を残してきた。まだまだ力衰えぬ中、30歳で区切りを付けた現役生活。その中で自身が最も思い出に残るレースは、やはり集大成の舞台だった。
「やっぱり東京オリンピック。自分の現役ラストのレース。あと本当に100%出し切れた。100%肯定して終われたのは大きかったと思います」
そう迷うことなく口にした。