【陸上】男子100mサニブラウンの現在地~アジア歴代2位9秒90のブーンソン「見ていない」

単独インタビューに応じたサニブラウン・ハキーム(撮影・木下淳)

陸上男子100メートルの世界選手権2年連続ファイナリストで、日本歴代2位(9秒96)の記録を持つサニブラウン・ハキーム(27=東レ)がこのほど、日刊スポーツの単独インタビューに応じた。昨年9月の世界選手権東京大会から1年。今年から指導者を変更して新たな自分と向き合う一方、アジアでは新たな強敵も登場した。来年9月の同選手権北京大会へ「勝利にどん欲に」。復活を見据え、鍛錬に励んでいる。【取材・構成=泉光太郎、木下淳】

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今季のレース出走はゼロだった。コロナ禍の20年を除けば、サニブラウンの競技人生で初。昨年9月の世界選手権予選敗退から365日が過ぎてもなお、時計の針は動かしていない。2月には、レイナ・レイダー氏から米フロリダ州立大のマット・ケーン・コーチへの指導者変更を発表した。

新体制となり、今年7月にアイルランドで初戦を予定していたものの欠場。その後のレースもキャンセルが続いたが、サニブラウンは現状を悲観しなかった。

「今年の頭にコーチを変え、新しいチャレンジを始めた。その練習の中で調子が上がってきたけど、少しハプニングがあって(左太もも違和感、腱=けん=損傷などで)試合ができなくて非常に残念だった。けれど、今年に関してはあまり焦る必要はない。大事なのは来年、再来年になる。そこに向けて、しっかりとビルドアップしていければ」

コーチ変更の理由は「キャリアが半分以上は終わっている感覚がある中、どこかしら自分に安堵(あんど)してしまっている部分があったから」。18歳だった17年から通算8年、師事したレイダー氏とは五輪に2大会連続で出た。世界選手権は22年から100メートルで日本人初となる2大会連続の決勝進出。しかし、昨年の東京大会は予選敗退した結果も踏まえ「これからどうしたらいいか考えるようになり、何かしらの変化を自分に与えるなら(五輪と世界選手権のない)今年しかなかった」と踏み切った。

ケーン氏の印象は「レイダーさんと変わらず、陽気なおじいちゃん」と語る。ただ、メニューは「やり方が180度違う」。これまでは床に置かれたバーベルを瞬時に持ち上げる「オリンピックリフト」など瞬発系の筋力を鍛えてきた。一方で、ケーン氏は「地味なものが多い」。練習前の補強トレーニングやハードル練習など高い出力より、走りの土台となる体幹や細かい筋肉にアプローチする。これまでの自分と調和することに時間を割いてきた。

「今年はコーチの練習のやり方に慣れることが、まず一つ。コーチが言っていることを頭では理解できるんだけど、実践することが難しい。技術的な面でそれを少しずつ実戦で出していくことを頭に置いてきた」

シーズン中にはメニューと体がかみ合わず、負傷することもあった。「でも80~90%ぐらいは慣れてきたかな」と手応えを示す。理想は、加速局面の体の角度を調整し、より推進力を生み出すフォームだという。

「後半の伸びをよりスムーズにするには、前半も、もっとスムーズな動きにしないといけない。やることはいっぱい。ここからは(新環境に)慣れた状態で、どうプラスに持っていくかが難解」とも打ち明けた。

今秋の愛知・名古屋アジア大会では、男子100メートルで20歳のプリポル・ブーンソン(タイ)が躍動。蘇炳添(中国)のアジア記録に0秒07に迫る9秒90をマークした。200メートルでは19秒88のアジア記録に並んだ。

サニブラウンも目指してきた100メートルの「9秒90の壁」。同じマネジメント会社UDNに所属する男子走り幅跳びの橋岡優輝(富士通)の応援でアジア大会を生観戦したが、男子短距離の新星誕生の瞬間は「見てない。結果しか知らない」と意に介していなかった。

ただ今後、世界選手権や五輪でブーンソンと競走する可能性はある。予選から立て続けに好タイムをたたき出したブーンソンには「世界陸上で(アジア大会と)同じことをできたら強いと思う。自分より速い人たちと走って自分の力を出せる選手が本当に強い」とイメージも膨らませている。

同時に、日本短距離界に対する思いも口にした。10月には自身3度目の主催イベント「DAWN GAMES」を開催。「自分が引っ張っていくしかない部分もある。競技に集中する部分と、活動を通して若い世代に何かしらの刺激を与えていきたい」とも語った。

来年の世界選手権は、日本人初の金メダルを宣言して迎える。参加標準記録は日本記録と同じ9秒95に設定された。既に記録有効期間にも入り、来年8月22日までのクリアが求められるが「タイムのことは全然考えていない」と自然体だ。

「しっかり改善していけば、おのずとタイムは出ると思っている。あまり深く考えず、自分の脚の精度を上げることだけ考えたい」

年明けには室内レースの初戦を計画しており、春以降には屋外も参戦予定。開幕まで残り2年を切った28年ロサンゼルス五輪では、同都市での1932年大会6位の「暁の超特急」吉岡隆徳以来96年ぶりとなる決勝進出も期待されている。

「まだ想像できているわけではないけど、まずは来年、しっかりシーズンを通して、ちゃんと走って、いい結果を残して。いい流れでつなげられたら。日本選手権もしっかり走りたい」

こう闘志をほとばしらせた後、米国へ飛び立った。100年の夢をかなえるため、サニブラウンが止まっていた時計の針を動かす。

◆サニブラウン・ハキーム 1999年(平11)3月6日生まれ、福岡県北九州市出身。東京育ち。ガーナ人の父と日本人の母を持ち、小学3年から始める。世界選手権は15年に16歳で初出場。100メートルは22年から日本初となる2大会連続の入賞。2大会連続出場の24年パリ五輪では日本記録に迫る9秒96をマークしたものの、準決勝で敗退。25年世界選手権東京大会は予選敗退。弟はサッカーJ1福岡でU-21日本代表経験のある20歳FWハナン。190センチ、83キロ。血液型O。