今年初めて岩手県大船渡市を訪れた。東日本大震災復興支援財団が主催する「東北『夢』応援プログラム」の修了式だったからだ。

約1年間、スマートコーチという動画送信のシステムを使用し、大船渡の子供たちに水泳を教えてきた。私がこのプログラムに参加して既に3年目。当初は「リモート(遠隔)で指導するなんて、子供たちに伝わらないのでは」と思っていた。

しかし、被災地と呼ばれる地域になんとか協力したい、水泳指導を通して1人1人の子供に小さくてもいいから「自信」をつけてもらいたいと思い、始めたのがこのプログラムだった。

年に2、3回は大船渡を訪れ、子供たちや、その親御さん、プールの先生や、地域の方にお会いする。

大船渡に行くと、いつも「帰ってきた」という気持ちになる。

年にわずか数回の訪問なのに、なぜこんな気持ちになるのかなと考えてみると、ここのプール、マックスイミングスクールでお世話になっている遠藤香世子先生が言ってくれた。「華英さんには本当に『おかえりなさい』という気持ちでいるんです。いつもきてくれるのが楽しみなんです」。

私のこの気持ちは、大船渡の皆さんの気持ちが作ってくれているものだと感じた。

1年間の集大成、最後の発表会だった。

本当に不思議なことに、リモート指導であっても、月1回の指導の中で動画で子供たちがどんな気持ちで泳いでいるか、どんな練習をしてきたかが手に取るように分かるのだ。

動画の送り方にも工夫がある。

子供たちが最初に「今日は前に注意された入水、気をつけて泳ぎたいです」など、目標を言ってくれるので、水中映像と水上からの映像でポイントをつかみながら指導ができる。スイミングプールの先生たちの協力が素晴らしいからであり、この私へ動画を届けたい、指導してほしい、という気持ちが伝わり、本当にうれしい。

発表会を終えた子供たちは、自身がどれだけ出来たかを自己評価をする。それに加えて私がコメントと評価をする。1年前は恥ずかしくて話せなかった子供たちも、自分のできたこと、できなかったことを受け入れ発表するのだ。

私は、すべての子供たちに得意なことが絶対あると思っている。このことを前提に、こちらはそれを見つける努力を全力でして、子どもたちには自分だけの努力の結晶を持ってほしい。子供たちの視野や感じ取るスピードは大人をはるかに上回る。

彼らの思考を大事にしたいし、いい自分も悪い自分も自分自身だと感じてくれたら大変うれしいことだ。

これから日本は少子化が進み、1人1人を大事にしていく時代だと私は思う。

大船渡は毎回行くたびに、街が変わっていく。街にいる人も多くなっている。きれいなホテルが立ち、飲食店も増え、活気が出てきている。

その中で触れておきたいのが、以前にも書いた大船渡のワイナリー「Three Peaks」のこと。大船渡出身の及川武宏さんが2013年からりんごを栽培、2014年には大船渡市猪川町にブドウ600本を植樹した。2018年にワイナリーがオープン。現在はここ大船渡で仕込みをする。そして、ワインをはじめ、シードルなども販売している。

その手塩にかけたワイナリーの見学もさせてもらった。1つ1つ、1本1本全て手作りだ。「最初は本当に苦労した。やっといろいろ学び、ここの気候や土壌も含め、やり方も徐々に良い状態になってきた」。ブドウ畑も見させてもらったが、圧巻だった。1つ1つを地域の方と協力しながら植えたとのことだった。これからもこのブドウの木と共に長い時間を過ごしていくのだ。

及川さんは3人の子供と奥様の5人家族だ。みなさんのおかげで本当に心温まる時間を大船渡で過ごさせてもらっている。

人の輪なんて少しも感じない日々を過ごす方もいるだろう。でも、この見えない繋(つな)がりこそが私は大切だと感じる。

生きていく中で、人との繋がりなんて大変だと思う方もいるだろう。でも私は大船渡に行くと、この見えない繋がりが、どれほど私たち自身の日常生活へのエナジーになるのか、気が付くのだ。

水泳を通して、このように繋がっていること心から感謝したい。

大船渡の皆さん本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いします。(伊藤華英=北京、ロンドン五輪競泳代表)

ワイナリー「スリーピークス」(左)と水泳教室の様子
ワイナリー「スリーピークス」(左)と水泳教室の様子