4度目の五輪もメダルには届かなかった。ミラノ・コルティナ五輪ジャンプ女子ラージヒル(LH)。伊藤有希(31=土屋ホーム)は初採用された得意種目に「今度こそ」と自分に期待していたに違いない。1回目8位で表彰台まであと約5メートルにつけた。しかし、2回目に伸ばせず14位。五輪の神様は今度もほほ笑んではくれなかった。
胸が焼けるほど悔しかったはずだ。それでも伊藤は言い訳や泣き言を一切口にしなかった。「メダルを取ることはできませんでしたが、4度のオリンピックの経験と、支えてくれた方々が私にとって金メダル以上に大切だと感じました。だから金メダルを取る夢は達成できたんじゃないかと思います」。笑顔は幾筋もの涙でぬれていた。
私も泣けてきた。人として一番大切なものは何か。彼女はいつの五輪でも、それを思い出させてくれた。W杯で5勝して優勝候補だった18年平昌大会。2本とも不運な追い風が吹いてまさかの9位。それでも高梨沙羅の銅メダルが確定した瞬間「おめでとー」と歓喜の声を上げて駆け出し、2歳年下のライバルを抱きしめて祝福した。
22年北京大会では高梨とともに混合団体のメンバーに入った。夢のメダルが目の前に見えていたが、1本目に高梨がスーツ規定違反で失格となって4位。試合後、泣きじゃくる高梨の背中をさすっていたのは伊藤だった。「今までどれだけ彼女に引っ張ってもらってきたか。自分を責めないでほしい」。テレビに訴える彼女の言葉が胸を打った。
そして今大会。皮肉にもメンバーから外れた混合団体で日本が銅メダルを獲得した。伊藤は雪辱を果たした高梨をまた抱きしめて一緒に泣いていた。「1人だけじゃなくて日本チームを強くしたいと長年思ってやってきた。だから今回のメダルラッシュが本当にありがたい」。その言葉に、メダルや記録では決して計ることのできないアスリートの価値を見た思いがした。
人生の最も辛いところで、ためらいなく人を思いやる。なかなかまねのできることではない。勝つことがすべてではない、きっと彼女はそういう生き方をしてきたに違いない。それこそが五輪精神。美しきスポーツマンシップのお手本だろう。そして、挫折や敗北の数だけ、人は強く、優しくなれるのだとも思った。
実は今大会、31歳の伊藤は世界で唯一の金字塔を打ち立てた。女子ジャンプが初開催された09年の世界選手権から、4度の五輪を含め、世界大会全13大会で連続出場を達成したのだ。勝っておごらず、負けても腐らず、常に前を向いて競技力と人間力を磨き続けてきた証だろう。戦い終えた伊藤に「おめでとう」と声をかけてあげたい。【首藤正徳】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「スポーツ百景」)








