16歳の女の子のゴールラッシュに驚きながら、彼女は確実に自分に託された使命、責任を果たしているのだと実感した。
菊島宙(そら)。視覚障がい者がプレーするブラインド(5人制)サッカー女子日本代表のエース。2月23日にさいたま市で行われた国際親善試合・ノーマライゼーション杯で、IBSA(国際視覚障害者スポーツ連盟)世界選抜チームを相手に1人で9ゴールを挙げ、日本代表に10-0の勝利をもたらした。
コテンパンにやられた世界選抜の攻守の要、カタリナ・クーンライン(ドイツ)は試合後、菊島を何度も何度も抱きしめて離さなかった。そして「ソラはアメージング! 負けた悔しさより、彼女と戦えたことがいい経験になった」と、そのプレー、テクニックを絶賛した。
先天性の視覚障害で視力は右0・02、左0・05。試合ではアイパッチという眼帯を貼った上にアイマスクを着けてプレーするが、巧みな切り返しとフェイントで相手のマークを外し、GKの体勢まで崩してシュートを放つ。しかも、ほとんどゴールマウスを外さない。
それだけではない。ブラサカではボールを両足の間でボールをはさむようにドリブルするが、菊島はまったく違う。晴眼者と同様、つま先でボールを前方に蹴り出し、トップスピードでピッチを走り回る。相手のタックルをヒラリとジャンプしてかわす。相手の頭上を通すループパス。正確なトラップにワンタッチプレー。ルーズボールへの反応も素早く的確だ。スタンドからは「あの子だけ見えているみたい」の声が上がった。
得点能力は突出している。1年前のノーマライゼーション杯アルゼンチン選抜戦では6ゴールを決めている。所属する埼玉T.Wingsでは男子と一緒にプレーするが、昨秋の東日本リーグ開幕戦で7ゴールを挙げた。昨夏の日本選手権では合計12ゴールで男子の日本代表選手らを抑えて得点王になった。
ブラサカは20年東京パラリンピックの正式競技だが、出場できるのは男子のみ。女子は認知度も選手数も不足していて、世界選手権をはじめとする国際大会も開催されていない。女子だけのチーム編成すら難しく、前出のクーンラインも菊島同様、ドイツでは男子チームでプレーする。常に代表チームが活動しているのも日本だけという。
そんな女子ブラサカ界で世界のトップに立つのが菊島なのだ。彼女がピッチに立ち、ゴールを決めることがアピールになる。競技をより多くの人々に知ってもらい、仲間を増やしていくことが、レベルアップにもつながる。彼女のゴール1つ1つにはそんな思いがこめられているに違いない。
「夢はパラリンピックで金メダルを取ること。女子で試合ができればいいけど、男子と一緒でも出てみたいです。目が不自由でも、女子でもサッカーができることが分かってもらいたい。会場が盛り上がって『スゴイな~』って思ってもらえたらうれしいです」
ピッチを離れれば常に笑顔を忘れない高校1年生。近い将来、世界の舞台で光り輝くことをイメージしながら、菊島はゴールを積み重ねる。【小堀泰男】
◆菊島宙(きくしま・そら)2002年(平14)5月23日、東京都青梅市生まれ。先天性の両眼視神経低形成症。小2でサッカー、小5でブラインドサッカーを始める。小6で埼玉T.Wings所属。17年4月の女子日本代表発足時からエース。同年のIBSA女子トーナメント(ウィーン)では4試合6ゴールで日本代表を優勝に導き、大会得点王。以来、代表全6試合に出場し、チーム23点中21点を挙げている。都立八王子盲学校高等部1年生。153センチ、62キロ。
◆ブラインドサッカー ピッチはフットサルと同じ40メートル×20メートルで両サイドライン上に高さ1メートルほどのフェンスが設けられる。試合時間は20分ハーフ。4人のFP(フィールドプレーヤー)と晴眼か弱視のGKの5人で戦い、FPはアイパッチとアイマスクを着ける。転がると音が出るボールを使い、ベンチの監督、相手ゴール裏に位置するガイド(コーラー)やチームメート同士の声を頼りにプレーする。ボールを持つ相手に向かう時は「ボイ」と声を出さなければならない。
- 2月23日にさいたま市で行われた国際親善試合・ノーマライゼーション杯で大会MVPに輝いた日本代表の菊島宙(右)