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日大アメフト好発進…鍵握るQB林の背番19の選択

アメリカンフットボールの関東大学リーグで背番号0が解禁された。3ケタは今まで通り使えない。101人以上のチームは重複も許されている。ただし、攻守の選手による重複で、同時出場はできない。

日大対法大 第2Q、突破する日大QB林大希(2020年10月10撮影)
日大対法大 第2Q、突破する日大QB林大希(2020年10月10撮影)

今季に限って99人以下のチームでも重複OKとなった。新入生勧誘ができていない、ジャージー製作できない、部員の定着が不明でお下がりを借りるなどが理由。こんなところでも新型コロナウイルスの影響がある。

背番号には競技やチームによって逸話や伝統がある。プロ野球の永久欠番が象徴的。サッカー日本代表で誰が10をつけるか注目される。アメリカンフットボールでは、日大に各ポジションで先発が0番台をつけ、実力順に1、2番台…となる伝統があった。

QBなら10、HBは40、FBは30、WRは20、OLのセンターは50、両ガードは60、61、両タックルは70、71、TEは80がお決まりだった。今はこの伝統も崩れてきて、こだわりも消え、好きな番号を選び、憧れの先輩の番号を継いだりする。

日大は3年ぶりのTOP8復帰で、10日に開幕戦でライバル法大に競り勝って好発進した。116人が選手登録していたが、21個の番号で重複がいた。数が合わないのは5個の番号は空きだったため。0もいなかったが、日大の象徴と言える10が空いていた。

最終学年を迎えたQB林大希がつけるのが、当然と思われた。1年ながら、17年に27年ぶりとなる学生日本一に導いた。この年も最初は13をつけていたが、コーチから「エースの自覚と責任を持て」と言われ、3試合目から10に変えての快進撃となった。

2年目は11をつけていたが、5月に反則問題が起きて出場資格停止処分を受けた。前年のケガもあって春は出場なし。冬になって練習試合で11をつけた。処分が解除され、3年となった昨年は1をつけた。下位リーグBIG8からの再出発。「何でも一番」の思いで選んだ。

今季は19をつけての出陣となった。QBの下級生や他ポジションの選手にも先に選ばせた。残っていた10番台の10と19から選んだ。「背番号にこだわりはないので」と言うと「橋詰フェニックスにはちょうどいいんじゃないですか」とニヤリとした。

18年の騒動後、立命館大出身だった橋詰監督が就任した。指導者の上意下達から学生の自主性へ。根性論から理論、合理性へ。夜中までの練習は2時間程度になった。林も当初は不安を感じ、不満を持ち、くすぶっていたが、徐々に傾倒していった。

橋詰監督は94年に攻撃担当として、母校で初めてコーチとなった。その年、立命館大は甲子園ボウルで初出場初優勝を成し遂げた。2年QB東野が甲子園ボウルMVPに、史上最年少で年間最優秀選手の2冠に輝いた。その東野の背番号が19だった。

この3年間で、日大は天国に駆け上がり、地獄に落ち、再び歩みを始めた。学生日本一を奪回して、フェニックスとしてまた羽ばたけるか。鍵を握る林の背番号19の選択。伝統にとらわれることなく、まさに新たな歴史を作るという強い思いを感じさせた。【河合香】(日刊スポーツ・コム/スポーツコラム「WeLoveSports」)

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