紆余曲折のゴルフ人生 竹安俊也逆転初Vへ3差2位

18番、ティーショットを放つ竹安(撮影・林敏行)

<男子ゴルフ:日本オープン>◇第3日◇13日◇横浜CC(7257ヤード、パー71)◇賞金総額2億円(優勝4000万円)

竹安俊也(26=COZY)が1イーグル、5バーディー、1ボギーでこの日ベストスコア「65」をマークし、通算8アンダーの205で首位の稲森佑貴(24)と3打差の2位に浮上した。強豪・東北福祉大では退部も考えながら踏みとどまり、プロ転向後はアジアツアーにも挑戦。紆余(うよ)曲折のゴルフ人生を送ってきた26歳が、国内最高峰の舞台でツアー初優勝を目指す。単独トップから出たアマチュアの桂川有人(20=日大)は78と崩れ、1アンダーの29位に後退した。

8番で竹安に会心の一打が出た。残り119ヤードからピッチングで打ち上げた第2打が、右からサイドスピンでカップに吸い込まれてイーグル。一気に優勝争いに加わってきた。「今週、メッチャ調子がいい」。スイングもギアも同時に変える大胆なプランがはまった結果でもある。練習ラウンドで大学の後輩、比嘉一貴に助言を求めてアドレスを左足体重に修正。ドライバーのヘッドを大ぶりなタイプへスイッチし、シャフトも替えてボールがつかまりやすいよう調整した。体が開いて右にプッシュアウトするミスへの恐怖が消えた。

親元を離れて進んだ茨城・鹿島学園高で高校選手権優勝。それが大学では「遊びを覚えて、ゴルフより楽しくなってしまって…」と恥ずかしそうに振り返る。思うような結果が出ない苦しさから逃げる手段でもあった。「調子もどんどん悪くなって、どんどんゴルフが嫌いになって…」。やめよう-。ずっとプロだけを目標に掲げ、家族もその夢を応援してくれていた。

「『諦める』って言ったら、どうなるんやろう…」。父明彦さんに相談すると「やめてもいいよ。やりたいようにやったらいい」。意外だった。「メッチャ期待されてると思ったら、実はそんなにされてなかった(笑い)。いい意味で気が楽になりました」。プロ転向してQTに失敗した時は、アジアに戦いの場を求めた。バングラデシュでライフル銃を持つホテルの警備員を見て「そういう国なんだ」と覚悟した。フィリピンでは宿泊先が1週間後に銃乱射事件の現場に。再びゴルフと向き合うと決めた大学2年の時から、全てを受け入れる肝が据わった。

「うれしいですよ。なかなか経験できないことだから。絶対緊張するけど、絶対自分のプラスになる。優勝を狙っていきたい」。今は日本オープンの最終日最終組でプレーすることが待ち遠しい。【亀山泰宏】

◆竹安俊也(たけやす・しゅんや)1992年(平4)10月12日、兵庫・宝塚市生まれ。10歳から兄将彦さんの後を追ってゴルフを始め、父明彦さんの指導を受ける。中学時代には関西ジュニア優勝。16年にはアジア下部ツアーのPGM・UMW選手権(マレーシア)で優勝し、同レギュラーツアーでもシードを獲得。昨季賞金ランク57位で初めて日本ツアーのシードを確保した。175センチ、77キロ。