青木功が盟友尾崎将司さんお別れの会で弔辞「おまえさんがいなかったら俺はとっくに終わっていた」

「尾崎将司お別れの会」で弔辞を述べた青木氏(中央)(撮影・足立雅史)

昨年12月に78歳で死去した日本ゴルフ界のレジェンドで、「ジャンボ」の愛称で親しまれた尾崎将司さんの「お別れの会」が16日、東京都内のホテルで執り行われ、多くのゴルフ関係者や著名人ら1000人が参列した。

AONとしてともに一時代を築いた青木功(83)が、代表発起人として弔辞を読み上げた。

以下は主な弔辞の言葉。

  ◇  ◇  ◇

謹んで尾崎将司さんの御霊前に申し上げます。

ジャンボ、今ここで、ジャンボの別れの会の弔辞をすることなど全く考えていなかったよ。昨年末に突然逝ってしまったという知らせを受けて、自分はなんと言っていいかわからない、言葉がなかった。大切な戦友を失い、深い悲しみに大きな喪失感でいっぱいだった。

体調を崩していたことは聞いていたので、昨年秋に会いたいとお願いしたけど残念ながらかなわず、でも、亡くなった後弔問に行った時に智春君(尾崎さんの長男)に聞いた、闘病生活での治療に対する考え方、その間親族や弟子に残した数々のコメントを聞き、最後までおまえさんらしく「ジャンボ尾崎」を貫いた生きざまに、改めてジャンボの存在の大きさや優しさを感じ、今すこしだけど現実を受け入れているよ。

ジャンボという存在は自分の人生をさまざまな形で進化させてくれた。圧倒的な飛距離でデビューしたとき、メタルヘッドのドライバーを使い出したとき、正直、誰もジャンボにはかなわないと思った。

でも、そんな越えるべき大きな壁のおかげで、自分のゴルフをどのように極めるか、そのために限界を超える努力を重ね、その結果青木功のゴルフが確立できた。ある時、ジャンボに「おまえさんがいなかったら、俺はとっくに終わっていた」と言ったけど、本当にその通りだったよ。

プロ50周年のパーティーでスピーチをしてくれた時に、人を持ち上げるだけ持ち上げた最後に「僕のライバルはタイガー・ウッズだよ」と言っていたよな。あのいたずらっぽい笑顔は忘れなられないよ。

最後におまえと会ったのは、あるパーティーだよな。「俺のジャケットのボタンが外れそう」と言って直してやったんだけど、照れくさそうに笑っていたこと、怒ると思うけど、若い頃のジャンボみたいでかわいかった。

お互い切磋琢磨(せっさたくま)しながら日本のゴルフ界を引っ張る立場になり、日本と海外、別の舞台で戦い、そして、現役を終えた後もまた別の道を歩んだよな。

自分が2年前にJGTOの会長を終える頃、ジャンボは俺の知人に「おっさんを休ませてやれ。俺と違い、日本のゴルフ界の前面に立ち戦ってくれていたのだから、もういいだろ」と話していたことを聞き、本当に涙が出るほどうれしかったよ。

ジャンボ、たくさん思い出がありすぎて、語りきれないけど、本当にもう一度会いたかった。現役の時は二人とも強い野心と闘争心の塊で、互いの立場もあって機会がなかったけど、ゆっくり一杯やりたかったな。

おまえさんがなんと言おうと、自分の生涯のライバルはジャンボで、おまえがいたからこそ、今の自分がある。絶対に忘れないからな。

本当に俺のライバルだからな、最後まで。どうぞ、安らかに眠ってください。さようなら。