2大会連続のオリンピック(五輪)出場へ、再び動きだした。平昌(ピョンチャン)五輪スケルトン男子代表で札幌市出身の宮嶋克幸(23)が、7日に都内で開催される日本ボブスレー・リュージュ・スケルトン連盟の国際競技会派遣選手選考会に臨む。

18年平昌五輪後は所属先が見つからず、一時は引退も考えた。今春に北海道スポーツ専門学校に就職。22年北京五輪でのメダル獲得を目標に掲げ、新たなシーズンに向かう。

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宮嶋の迷いは、もう、消えた。3年後の北京五輪での目標を今は堂々と言える。「一番は北京でメダル、入賞が目標。こういう言い方が正しいかわからないけど、五輪に出るだけなら行く必要はない」。10月の国際大会出場を決める、7日の選考会(東京・国立スポーツ科学センター)へ向けて練習を積んできた。

仙台大4年、22歳で初出場した平昌五輪は26位に終わった。それでも五輪前年まで強化部長を務めていた冬季五輪3大会出場の越和宏氏とは「平昌で経験を積んで北京でメダルを狙おう」と話し合っていた。その描いていたプランは崩れた。氷上練習ができる国内施設が休止。さらに若手育成の方針だった日本連盟は昨季の国際大会派遣を見送った。自身も大学卒業後の所属が見つからない。4年後へのかじがきれなかった。

昨春、実家のある札幌市に戻った。同市内の体育館で一般利用客と同じく回数券を買ってウエートに励み、陸上競技場で黙々と練習メニューをこなす日々。「このままやっていてどうするんだろう。引退しようかとも何回も考えた」。光の見えない1年だった。

状況は少しずつ好転した。北海道連盟の紹介もあり4月に北海道スポーツ専門学校に契約社員として採用された。「五輪出場が学生に良い影響を与えることができるんだとわかった。1人でやっていた不安も消えた」。陸上部の顧問を務め、大学で練習をすると他部活の選手にも声をかけられる。学生たちとの交流が競技への思いに再び火を付けた。

それでも環境が整ったわけではない。所属先との契約は9月までで、冬季シーズン中は「無職」になる。国際大会で成績を挙げるための海外遠征には100万円単位の費用がかかり、スポンサー獲得も含め資金調達は最優先課題。それでも昨季抱いていた五輪へのモチベーションは取り戻した。「自分が納得いく滑りをするために今、最大限の努力をしている」。22年へ向け、覚悟はできた。【浅水友輝】

◆宮嶋克幸(みやじま・かつゆき)1995年(平7)12月27日、札幌市生まれ。札幌宮の森中まで野球に取り組み4番で二塁手。中学3年で北海道連盟の競技発掘テストでスケルトンを始める。札幌丘珠高で並行していた陸上では3段跳びで3年時に総体出場。スケルトンでは16年全日本選手権優勝。18年平昌五輪出場。趣味はNBAなど海外スポーツの鑑賞。好きな女優は広瀬すず。177センチ、84キロ。家族は両親と姉2人、弟。

◆スケルトンを取り巻く環境 競技人口は本年度の日本連盟登録人数で約40人。連盟は昨年度から中長期での若手競技者を育てる方針を取っており、各地域・自治体でのタレント発掘事業を進めている。国内唯一の競技施設のあった長野市スパイラルも、18年度からコースの製氷が休止となるなど、競技環境は厳しさを増している。