B1新潟アルビレックスBBは、20-21年シーズンに向けた体制づくりを進めている。小菅学社長(46)がリーグ参戦5季目を迎えるチームについて、連載「小菅学社長のBBコラム」(毎月第1、3金曜掲載予定)で裏話を交えて紹介する。第1回では、新監督に就任した福田将吾氏(36)招聘(しょうへい)の内実と不思議な縁について教えてくれました。

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日ごろから新潟アルビレックスBBへの応援、ありがとうございます。20-21年シーズンに向けて現在、チームの体制を整えております。20-21年シーズンもこれまでのような熱いブーストをお願いいたします。

新型コロナウイルスの影響でリーグ戦が打ち切りになった19-20年は中地区4位で終わってしまいました。チームを再生するため、20-21年は、19-20年途中から横浜の監督を務めていた福田さんを監督に迎えました。Bリーグ開幕から4年間指揮を執ってくれた庄司和広前監督(46)が切り開いた道を、整備しながら延ばしていってくれると期待しています。

福田監督とは、新型コロナウイルスの感染拡大で県外への移動を自粛していたため、直接会うことができず、電話だけでの交渉が続きました。それでも話しぶりから誠実な人柄が伝わってきました。

不思議な縁で、福田監督が横浜ビー・コルセアーズの監督代行として初めて指揮を執ったのが、1月15日の新潟戦(アオーレ長岡)だったんです。試合は70-64で新潟の勝利でしたが、最後まで接戦でした。その後、横浜は川崎ブレイブサンダース、大阪エヴェッサ、サンロッカーズ渋谷、シーホース三河の上位チームに勝ちました。成績は中地区5位でしたが、福田監督はチームを立て直しました。交渉中、「攻撃は8秒でシュートに持って行くことを意識させました」と選手の特徴を生かすバスケに徹したことを明かしてくれました。

チームづくりの方針は「日本人、外国人にかかわらず選手をリスペクトし、その上で、チームルールを違反しないことを土台にします」と話しました。さらに自身の足りない部分についてあえて聞いてみると、「経験です」と即答。自らのやり方を持ちながらも、謙虚な姿勢。コーチの優位性をかざそうとはしない。選手の能力を引き出す指導者なのだと確信しました。

実は過去に私と福田監督の接点もあったのです。09年のインカレで、当時、福田監督は鹿屋体大の大学院生ながら、同大の監督としてチームを初のベスト4に導きました。私はベスト8入りを決めた法大戦の主審を務めました。地方の大学が関東のチームを破るのは快挙です。シンプルなバスケをする好チームという印象だったのを覚えています。

福田監督との縁はこれだけではありません。1人の選手ともつながっていました。それが16-17年以来、新潟に復帰する佐藤公威選手(36)なんです。(B1新潟社長 小菅学)

◆小菅学(こすげ・まなぶ)1973年(昭48)10月16日生まれ、阿賀野市出身。安野小3年の時にバスケットボールを始め、水原中3年時は全国中学大会ベスト16。新潟工では1年時からベンチ入りした。青学大を経て、05年に新潟の運営会社、新潟プロバスケットボールに入社。14年から社長を務める。