2度の4大大会優勝を誇る世界10位の大坂なおみ(22=日清食品)が、23日に米ウィスコンシン州で起きた警官の黒人男性銃撃事件に抗議し、27日に予定されていた準決勝の同22位エリーズ・メルテンス(ベルギー)戦を棄権した。

これを受け、テニス担当記者が、素直な思いをつづった。

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考えるきっかけに、少しでもなればという「棄権」だと理解している。

大坂なおみが、ウィスコンシン州で起きた黒人男性銃撃事件への抗議で、全米前哨戦の準決勝を棄権したことだ。典型的な日本人のテニス担当おじさん記者は、ない知恵を絞って考えてみた。

日本で育ち、外国に住んだこともなく、多少の山あり谷ありの人生を歩んだものの、国内で肌の色で差別を受けた経験はない。

周りに、肌の色が違う人が、それほど多くいるわけでもない。だから、大坂が味わっているだろう深い悲しみや憤り、絶望感を想像できても、実感しているとは、とても言えない。

もう30年以上前か。ワシントンDCの大会で、こんなことがあった。初めての米国での取材だった。言われたままにコートの記者席に座っていたが、混んでくると「ジャップは向こうに行け」と言われ、追い出された。

何か抗議する言葉も持たなかったが、これは明らかに差別だった。

しかし、当時、記者が感じたのは、差別されたことより、「ここは自分の席」と自己主張できない情けなさだった。言葉の壁もある。「男は黙って●●●●ビール!」の時代に、親からしつけを受けた。

謙虚で耐えることが、日本では男性の美学だった。それが、まったく意味を成さないのだ。

はっきりと自分の意思を伝える。そうしないと、外国では理解してもらえない。それを学んだ。ただ、だからといって、何でもかんでも、そうしたいとは思わない。そこはバランスなのだと思う。

こんな経験しかない記者が、少しだけ大坂の声明を受け止め、考えてみた。

大坂からの賛同は得られないとは思うが、やはり棄権には違和感が残る。

百歩譲って、大会前なら、まだ分かる。ただ勝ち進んでの棄権では、直前の準々決勝で敗れたコンタベイトはどう感じるだろうか。

もちろんコンタベイトは、プロ選手として勝てば良かった。だが、どの選手もテニス界で生き残るために必死だ。それは、その選手1人、1人の人生でもある。故障や病気で棄権するなら、負けた方も納得は行くだろう。

しかし、それがどんなに重要な抗議だとしても、コンタベイトのプレーや人生より大事だと、記者は言い切れない。

多くの人が大坂を支える。家族、親友、ファン、スポンサー、マネジメント会社、大会、ツアー、ライバル選手、そしてメディアなど、数え上げたらきりがない。

日本人のように「忖度(そんたく)」しろとは思わないが、この棄権という直接的な行動の陰で、大坂を支えるために走り回っている人がいるのも確かだ。

そんなことを言っているようでは、人種差別の深刻さを分かっていないと、大坂には言われるかもしれない。確かにそうなのかもしれない。

しかし、この原稿を書いていることが、彼女の「考えるきっかけ」という言葉を受けてのことなのだから、それで少しは理解し、許してくれないだろうか。甘いかな。【テニス担当=吉松忠弘】