国際オリンピック委員会(IOC)委員で国際体操連盟(FIG)会長の渡辺守成氏(61)が11日、日刊スポーツのインタビューに応じ、新型コロナウイルスの影響で来夏に延期された東京五輪・パラリンピックについて、どのような形でも開催すべきとの考えを示した。体操男子の内村航平(31=リンガーハット)が8日の国際大会で五輪開催を強く訴えた発言を受け、他の競技団体でも、選手が自由に発言できる環境作りをすべきだと訴えた。

   ◇   ◇   ◇

渡辺氏はFIG会長として8日にコロナ感染拡大後の五輪競技としては初となった体操の国際大会を成功させた。ウイズコロナで来夏の東京五輪を開催できるというメッセージを発信したかった。

「五輪はやるべきだ。開催しなければ日本の経済がガタガタになるし、世界経済にも響く。そうなれば本当にスポーツどころじゃない世界になってしまう。五輪誘致が決まった13年9月から株価は1万円以上も上がった。延期により多少は追加費用がかかるかもしれないが、投資は回収すべきだ」

渡辺氏はフルスタジアム(満員)開催を前提としつつも最悪の場合、無観客でも開催すべきと主張する。

「国際競技団体(IF)の会長という立場から、やはり選手が子どものころから夢見た舞台を整えてあげたい。もう1つは、五輪やスポーツは経済だけでなく人々の心に光を当てることができるからだ」

五輪代表の選考会が未実施の競技がまだ数多くある。感染再拡大で予選ができない場合はどうするのか。

「大がかりな準備を要する競技で代表選考会が開けない場合は、世界ランキングや前年の大会結果で五輪代表を選ぶしかない。不公平だという主張もあると思うが、五輪を開催するという大目標のもとでは、そうするしかないのでは」

コロナ禍で国民の五輪熱は低調なままだ。

「最初から低い。今の東京五輪は丘の上の豪邸。そこが火の車になろうが、コロナでどうしようが、全く国民は興味がない。そうではなく、みんな一緒に長屋に住んでいて火事になれば、みんなで助ける。そういう大会にならないと支持は得られない」

内村が8日の大会の閉会式スピーチで訴えた「できないじゃなく、どうやったらできるかを考えて」という言葉を、そのまま大会組織委員会に投げかけた。

「丘を下りて市民とともに大会をつくらないと。もっと民間企業の力を借りるべきだ。役人が権威主義であれも、これもダメと言うのではなく、民間からアイデアを受けた組織委がIOCと交渉するぐらいの気概が必要だ。内村の言葉になるけど、ダメじゃなくて、できることを考えようと。組織委の情報公開や広報戦略もまだまだだ。情報をどんどん出して、スーパーに集まる主婦たちが『五輪応援してるわ』というぐらいにならないといけない」

内村の発言は、かなり主張の強いものとして広く注目された。渡辺氏は、これがあるべき姿だと話す。

「他の選手も続けばいいと思う。日本の選手は皆、『延期によって準備できる期間が増えました』ということばかり言う。各競技団体は選手が自由に発言できるように環境を整えるべきだ。責任は各団体が負えばよい。逆に選手の発言をたたく団体があるようでは、日本スポーツ界の弱みだ」

内村発言はどう生まれたのか。

「開会式で内村が近づいてきて『本当に好きなこと言って良いんですか?』と聞いてきた。私は『君たちの大会、そのためにつくったんだから好きなこと言いなさい』と言った。原稿など全くない」

ただ、その前に渡辺氏は政治的理由で西側諸国がボイコットした80年モスクワ五輪の事例を話していた。

「モスクワではボイコット決定後に選手たちが声をあげた。でも決定後では意味がない。決定前に声を上げることが重要。内村はそれができた。だから万が一、五輪ができなくとも、心の中は多少すっきりするのではないか。だから選手も本音で発言することが重要だ」

渡辺氏がトップを務め、来年3月に広島で開催予定のアーバン(都市型)スポーツ大会「FISE」では、新型コロナ対策を十分に行った上で、例年通り3日間で約10万人の観客動員を目指す。「フルスタジアム」でも五輪が開催できるよう、好例を示したい考えだ。アーバンスポーツは東京五輪で複数競技が初採用となっている。

「体操は室内、今度は室外での大会を成功させて五輪につなげたい。ただ、アーバンスポーツは座席はなく、観客が歩き回って観戦するから感染防止対策はさまざまな課題がある。体操の大会で得た知見として、入場者を事前にアプリでしっかり管理する。入場者がクリーンであれば、会場内も安全ということになる。あとは、ソーシャルディスタンスももちろん取れるように準備する」

週明けには来日するIOCバッハ会長に同行し、各所を回る。五輪開催の実現に向け日本人でただ1人、IF会長のIOC委員として、精力的に動き回る。【三須一紀】

 

◆体操内村の8日のコメント 僕としては残念だなと思うことは、コロナの感染が拡大し、国民の皆さんが五輪ができないんじゃないかという思いが80%を超えていると。しょうがないとは思うけど、できないじゃなく、どうやったらできるかをみなさんで考えて、そういう方向に変えてほしい。非常に大変なことであるのは承知の上で言っているのですが、国民のみなさんとアスリートが同じ気持ちでないと大会はできない。何とかできるやり方は必ずある。どうかできないとは思わないでほしい。

 

◆渡辺守成(わたなべ・もりなり)1959年(昭34)2月21日、北九州市生まれ。戸畑高時代に体操を始め東海大に進学。その間、2年間ブルガリア国立体育大に研究生として留学し新体操に出合う。84年ジャスコ(現イオン)に入社し、新体操の育成強化に尽力。00年日本体操協会常務理事、09年専務理事。FIGでは13年から理事を務め、16年10月にFIG会長選で当選し、17年1月から同職。18年10月に、日本から通算14人目のIOC委員に就任した。

 

<東京五輪を巡る要人のコメント>

9月7日 IOCコーツ副会長が「新型コロナに関係なく開催する」と発言し、波紋を呼んだ。

同9日 バッハ会長が「全ての関係者に安全な環境で来年夏の大会を開催するという原則を引き続き守る」と発言。

10月7日 バッハ会長が「世界から(東京に)観客が来ることを基本に考えている」と話し、無観客や日本人観客限定の開催へ否定的な考えを示した。

同26日 菅首相が所信表明で「人類がウイルスに打ち勝った証しとして開催する決意だ」と述べた。

同27日 韓国のテレビ局が放送したインタビューでバッハ会長は「満員の観衆が理想的だが、現実的には可能ではないと思う」と述べ、観客規制が必要との認識を示した。

11月8日 東京で行われた体操の国際大会へ向けたメッセージでバッハ会長は「感染対策の制限がある中でも大会を安全に開催できることを示す例になる。非常に重要なシグナルで特に東京五輪へ自信を与えてくれるだろう」と述べた。