小平奈緒2冠見えた世界新“師”からの激励で新境地

女子1000メートルの世界記録を更新し、競技会場に掲げるボードを手に笑顔の小平(共同)

 女子短距離のエース小平奈緒(31=相沢病院)が、1000メートルを1分12秒09の世界新記録で制した。15年のブリタニー・ボウ(米国)の記録を0秒09更新した。五輪で実施される個人種目で日本女子の世界新は初。日本勢では05年男子500メートルの加藤条治以来の快挙となった。2季負けなしの500メートルと合わせ、平昌(ピョンチャン)五輪での2冠に大きな弾みを付けた。高木美帆(23=日体大助手)も2位に入り、ダブルエースが今季3度目のワンツーフィニッシュで、五輪前最後の国際大会を締めくくった。

 求め続けた頂からの景色は格別だった。世界記録を確認した小平は、目をつぶり、何度も拳を握った。「心地良かった」。会心のレースは最高のスタートから始まった。バックストレートで一気に加速すると、同走した高木美を置き去りにし、ストロークを刻んだ。ラスト200メートル。13年間二人三脚で戦ってきた結城コーチも掲示板に見入った。会場が沸き返る。積み重ねてきた努力が実り、リンク上でのハイタッチに力がこもった。

 500メートルで昨季から23連勝と驚異的な連勝街道をひた走ってきたが、ここにきて我慢の日々が続いた。世界記録を狙いにいった第3戦の1000メートルでまさかの転倒。第4戦の500メートルも、2日続けてあと1歩のところで世界記録を逃した。「技術が未熟」「悔しい」。その度に肩を落とした。

 きっかけをくれたのは憧れの人だった。レース前夜、14年ソチ五輪後からのオランダ留学時に教えを受けた、98年長野、06年トリノ五輪1000メートル金メダリストのマリアンヌ・ティメルからメッセージが届いた。「この場所、今、すべてのストライドに集中して。そうすれば、あなた自身でいられるよ」。

 忘れられない光景がある。トリノ五輪の1000メートル。レース5日前の500メートルで微妙なフライングの判定により失格となったティメルの鬼気迫る表情に、くぎ付けになった。葛藤を乗り越えての金メダル-。自身と似た場面で結果を出した人の言葉が、胸の中にすっと入り込んだ。頬を紅潮させリンクを下りると「明日は明日と思えた。自分に必要なのは悔しい思いだったりもする。それを得ることができた」。ひと回り強くなった女王がそこにいた。

 五輪金メダル候補として臨んだ今季、具体的な目標を公言することはなかったが、陰ながら言い続けてきた数字がある。「(1000メートル)11秒、(500メートル)35秒」。常々「自分でコントロールできない順位は目標にはならない」と言う。内に秘めた高い志が、偉大な記録まで自身を高めた。

 06年に初めて日本一になった1000メートルで、日本女子として初めて世界の歴史に名を刻んだ。「これでやっと1000も自分の距離だと言える」。3度目の五輪まで2カ月。日本人初の2冠は、夢物語ではない。【奥山将志】

 ◆今後の予定 年内のW杯は今大会が最後となる。平昌五輪代表は、年末の代表選考会(長野)で決まるが、小平は500メートル、1000メートル、高木美は1500メートルはすでに日本連盟の選考基準を満たしており、結果にかかわらず選考会に出場すれば代表に決まる。日本は来年1月のW杯第5戦(ドイツ)は出場を見送る方針で、国内でタイムトライアルや合宿を続け、五輪に備える。