三浦雄一郎氏 世界最年長登頂し8201m滑降へ

チョ・オユーへの挑戦を雄弁に語る三浦氏

 エベレスト世界最年長登頂記録(80歳7カ月)を持つ冒険家の三浦雄一郎氏(85)が今秋、ヒマラヤ山脈のチョ・オユー(標高8201メートル)の登頂および山頂からのスキー滑降に挑む。成功すれば、自身の持つ「標高8000メートル以上の山の登頂に成功した最年長」のギネス記録が5歳以上更新される。85歳で世界第6位の高峰を制し、90歳で4度目のエベレスト登頂へ-。限界に挑み続けるプロスキーヤーに、現在の心境を聞いた。【聞き手 中島洋尚】

 -コンディションは

 三浦氏 昨年の春と秋に、ヒマラヤの4000メートル前後の山で2、3週間登り下りを繰り返しました。だんだん体力が向上し「これなら(登れる)」という思い。この冬は、(校長を務める)クラーク高校のスキー合宿のため全国から北海道にやってくる生徒たちにスキーを教えながら、体力アップしようと思います。性能は全然違うけれども、全身の筋肉量や骨密度は、20代のラグビー選手と変わらないという測定結果が出ています。

 -健康の理由は

 三浦氏 普段から両足に2、3キロ、背中に20キロのおもりを付けて歩く「ヘビーウオーキング」という調整を行っています。そのスタイルで毎日30~1時間は散歩しますし、1カ月に1回は、自宅から東京駅まで(往復約12キロ)歩きます。

 -今回チョ・オユーを選んだ理由は

 三浦氏 70歳でエベレストに登る1年前の春に、1度トレーニングを兼ねて登ったことがあって、頂上についたら「しまった!」と思いました。山頂から初心者でも滑れそうなゲレンデが1キロぐらい続いていて「スキーを持ってくれば良かった」と後悔したんですね。また80歳でエベレストを登った時に「最年長のエベレスト登頂」と「8000メートル以上の山の登頂に成功した最年長」という2つのワールドレコードをいただきまして、それなら(後者の記録更新に)チャレンジしようということです。

 -登山のイメージは

 三浦氏 今回はスキーも目標の1つですので、時期を秋にしました。現地は6月から8月まで雨期のため、8000メートルクラスの山は毎日雪が降るからです。1日に登る標高差は500メートル。秋なので寒く、日も短いですが、嵐や雪崩、病気やケガがなければ、いける気がします。

 -スキーは

 三浦氏 酸素マスクを付けますが、気を失うぐらい苦しいでしょう。山頂から6000メートル付近まで滑りますが、斜度は緩い場所が10~15度、急な場所は60度の断崖絶壁です。雪がなく、ロープを使わないと降りられない場所以外はスキー。つらいこと、苦しいことに耐えながらも、目標に向かって頑張っていこうというメッセージを、全国の高校生にも伝えたい。

 -今後の予定は

 三浦氏 4月までは、札幌やかぐらスキー場(新潟)をベースに、2000メートル級の山で調整します。7月には南米チリのアンデス山脈に入り、5500メートルクラスにアップ。8月20日ごろにはヒマラヤに向かって出発します。本番で起こることを予想し、逆算してスケジュールを立て、1つ1つテーマをクリアしていく。準備をしっかりすることに尽きます。

 -次の90歳では

 三浦氏 もう1回、最後のエベレストに挑戦できないか、つらつらと考えています。世界の最高峰ですし、山の姿が美しい。氷河があり、最後はこのまま歩いて宇宙に行けるんじゃないかとも思えます。チョ・オユーも途中でダメかもしれない。ただ、失敗を恐れていたら何もできない。ダメならもう1回トライすればいいんですから。

 ◆三浦雄一郎(みうら・ゆういちろう)1932年(昭7)10月12日、青森市生まれ。64年に直滑降のスピードを競うイタリア・キロメーターランセで時速172・084キロの世界記録(当時)を樹立。70年はエベレストの8000メートル地点からスキーで滑降、ギネス認定。当時の記録映画は米アカデミー賞(長編記録映画部門)を獲得した。85年には世界7大陸最高峰のスキー滑降を完全達成。エベレストには70、75、80歳の3回登頂。家族は妻と2男1女。次男豪太氏はモーグルでリレハンメル、長野五輪代表。164センチ、85キロ。