平昌五輪(ピョンチャンオリンピック)の女子500メートル金メダル、1000メートルで銀メダルを獲得した小平奈緒(31=相沢病院)は最終の1000メートルを体調不良のため棄権し、男女を通じ日本勢初の総合2連覇を逃した。2回目の500メートルで37秒72の1位となり第1日からの総合首位を維持。500メートルでの無敗は昨季から27レースに伸ばしていた。平昌五輪1000メートル覇者テルモルス(オランダ)が初の総合優勝。郷亜里砂は総合9位だった。
女王の体は限界を超えていた。小平は2回目の500メートルで1位となった後、最後の1000メートルを棄権。取材には応じず、結城匡啓コーチを通じて「体が悲鳴を上げた」とのコメントを出して会場を後にした。
前日に風邪の症状を明かし、この日もレース前にせき込む場面があった。500メートルで2位との0秒14差は今季最少。「後半の200メートルは体が浮いてしまっていた」(結城コーチ)と持ち味の伸びを欠いた。苦渋の決断だったものの、本人に棄権を促したという。
2月26日に韓国から日本に戻り、選手団の主将として解団式、報告会に出席するなど、多忙を極めた。休む間もなく、わずか2日間の滞在で同28日に中国入り。「モチベーションは高い」と気持ちを切り替えていたが、疲労は想像を超えていた。今月2日から風邪の症状が出始め、3日のレース後には「喉がつぶれそうだった。後半は呼吸が苦しくなった」と珍しく弱音を漏らし、せきをしながら取材に応じていた。
世界記録を持つ1000メートルは第1日から動きが鈍かった。600メートル過ぎから一気にペースが落ち、全体の4位。「最後は気持ち。あと2本、乗り切るだけ」と自らを奮い立たせて最終日に臨んだが、総合首位のまま、2連覇への挑戦は道半ばで終わった。
17、18日のワールドカップ(W杯)最終戦(ミンスク)が今季最後のレースの予定だったが、結城コーチは「慎重に考えたい」と出場するかの明言は避けた。快進撃を続けてきた小平も「思った以上に疲れが残っていた。今は早く回復させ、次に向かって励みたい」と、休養の必要性をにじませた。今日5日に帰国する。
◆世界スプリント選手権 70年にISUスプリント選手権として始まり、72年から現在の大会名に。2日間で500メートル、1000メートルを2本ずつ滑り、総合成績で順位を決定する。1000メートルのタイムを半分にし、500メートルの記録と合わせた数字が点数となる。合計点数の少ない選手が上位。日本勢の総合優勝は83、87年の黒岩彰、17年の小平の2人だけ。