伊調馨復活V 残り10秒の逆転劇生んだ恩師の言葉

女子57キロ級決勝で川井梨(手前)に勝利し、雄たけびを上げる伊調(撮影・鈴木みどり)

<レスリング:全日本選手権>◇23日◇東京・駒沢体育館◇男女8階級

オリンピック(五輪)4連覇の伊調馨(34=ALSOK)が土壇場の逆転劇で、20年東京五輪へ大きく前進した。

女子57キロ級の決勝で、16年リオデジャネイロ五輪金メダリストの川井梨紗子(24)と激突。残り10秒で2点を挙げ、3-2で3年ぶり13度目の優勝を果たした。リオ五輪後の長期ブランクから復帰2大会目。復調途上で最強の世界王者に競り勝った。東京五輪の出場枠が懸かる来年9月の世界選手権代表選考会を兼ねた大一番で、史上初の5連覇へ近づいた。

目を閉じ、雄たけびを上げ、両拳は突き上げられた。勝利の瞬間、それは「伊調らしさ」から外れた振る舞いだった。「気持ちがあふれました。でも、ちょっと良くなかったですね…、あれは。ガッツポーズは満足しちゃっている感じがあるから…」。照れて反省したが、禁を破るほど劇的な逆転に「素直にうれしいです」とほほえんだ。

1-2で迎えた残り20秒で、意を決して前に出た。追い込まれ、よみがえった、4連覇の鋭さ。川井梨の頭を押し込み、左手を右膝裏に伸ばし、両手でキャッチ。低く強くタックルで押し込み、テークダウンを奪った。3-2で勝負あり。前日の予選リーグで1-2で敗れ、日本選手からの17年ぶりの黒星を喫した世界女王を上回った。

「どうやって入ったか覚えてない。意識してないのは、まだまだ」。そう首をひねるが、むしろ体に染みついた動きだろう。本格的な練習再開は今春。伊調が競技を始めた八戸クラブで恩師の沢内和興さんから諭されたのは初心だった。「どっちの点か分からないのは相手の点だ!」。決めきる精神を再注入された。残り30秒からの攻防を徹底するのが八戸クで、この日の逆転こそ、血肉となった「らしさ」だった。

マットから離れた2年弱は、OL生活も経験した。スーツ姿で「満員電車がつらい」と周囲にこぼした。マットが恋しく、復帰を決めると髪を15センチ切った。「結ぶ時間がもったいない。1秒でも2秒でも相手に触りたい」。童心に味わったような楽しさが満ちた。

10月の全日本女子オープンから復帰2大会目だが、体力面は復帰途中。一時は53キロまで体重が落ち、筋肉量はリオ五輪に比べ7割程度だった。ただ、1週間前に姉千春さんに送った言葉は「勝つから」。強化本部長だった栄和人氏から受けたパワハラ騒動に揺れる中で、周囲に支えられた。恩返しがしたかった。優勝を決めると、観客席には涙する恩人たち。「全ての人のおかげで(最後は)キャッチできた」と目尻を下げた。

「まだぼやってますけど、上を見た時にあるのかな」。前人未到の5連覇がかかる東京五輪へ、第2関門は来年6月の全日本選抜選手権になる。「レスリングをする幸せを感じることができた1年」を終え、さらに「らしさ」はよみがえるだろう。【阿部健吾】

◆東京五輪への道 今大会優勝で伊調は大きくリードした。来年6月の全日本選抜優勝で、同9月の世界選手権代表決定。仮に敗れても、勝者とのプレーオフに持ち込める。世界選手権でメダルを獲得すれば、東京五輪代表に決定。前回リオ五輪前の15年世界選手権では女子6階級中最重量級を除く5階級がメダル獲得で五輪代表決定。うち4人は14年全日本優勝者で、1人がプレーオフを勝ち上がってきた川井梨だった。