ラートって…「何それー」美しく華麗に渦巻く楽しさ

ラートの演技を披露する高橋(2019年3月16日撮影)

ラートという競技をご存じだろうか。日本ではまだなじみの薄いドイツ発祥のスポーツで、世界王者に君臨しているのが秋田・仙北市角館町出身の高橋靖彦(33)だ。2013、15年に世界選手権個人総合2連覇、18年に史上初の3度目の優勝。21日に秋田県立体育館(11時開場、12時半開幕演技開始。入場無料)で、アジアで初となる「第9回世界ラートチームカップ」が開催され、日本代表のエースとして出場する。ドイツ、スイス、日本、オランダの世界4強が参加。子供からお年寄り、障害者まで誰でも楽しめる生涯スポーツの普及を目指し、地元秋田での開催にこぎつけた。今大会はまた女子の第一人者で秋田市出身の堀口文(29=筑波大特任助教)も出場する。

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平日の夕方、秋田市内の体育館で一人黙々と練習を行う高橋のもとに、通りがかりの子どもたちが自然に集まってきた。ラートを自由自在に操り、美しく、激しく、華麗に、アクロバチックに回転する姿に、「すげーっ」、「何それーっ」、「ねえ、ねえ、お願い、もっとやってやって」、「僕もやりたい」と声が上がる。目を輝かせて演技を見つめている。「こういうのがあるからやめられないし、続けられるんですよ」。世界王者は息を切らせながらつぶやいた。1人1人に大会のチラシを手渡し、「来てねー」と声を掛けた。

ラートとの出会いは偶然だった。角館高まで野球を続け、体育教師を目指して進学した筑波大でも野球部に入部した。しかし浪人中、実技試験に備えサッカーの練習をしていた際に右足首をひねり複雑骨折。その後遺症に悩まされ、1年の12月に退部した。もんもんとした3カ月を送るうちに体育の教員採用試験に向け、苦手分野の克服に挑戦しようと決心。バック宙はおろか、側転、逆立ちもできない中、体操部の見学に出向いた。「なんだあれ? 面白そうだな」。それが未知の種目ラートだった。「こんなに簡単にぐるぐる回れるのがすごい楽しくて」と魅力にはまっていった。

4年の全日本で5位に入賞し、翌2009年の世界選手権の出場権を得た。卒業後は「いきなり体育教師になるよりは、スポーツと教育に関連した仕事をしてみたかった」と人気企業のベネッセコーポレーションに就職。5月スイスで行われた世界選手権に新入社員でありながら1週間の有給休暇をとり出場した。世界のトップを目の当たりにし、「自分も頑張ればできるんじゃないか」と再び血が騒ぎ出した。周囲は大半は会社を辞めてまでマイナー競技にかける決断に反対したが、結局、さらなる高みを目指すため、1年で退社し筑波大大学院に入学した。

12年の全日本選手権で初優勝し、2013年の世界選手権(米・シカゴ)ではドイツ人以外で初の個人総合優勝。翌14年1月26日、秋田市立体育館で行われたbjリーグオールスターのハーフタイムで演技を披露した。「盛り上がったのでめちゃくちゃうれしかったですね」。それが縁で昨年4月、秋田ノーザンハピネッツの所属になった。B1開催時のショーだけではなく、県内外の学校や施設に赴き普及に努めている。「秋田をはじめとする世界中の人々にもっとハッピーとワクワクをお届けしたい」という会社の理念に共感し、バスケットボールに限定することなく、スポーツの楽しさを伝えている。

国際ラート連盟も、競技普及のため欧米以外での開催を心待ちにしていた。高橋は自ら組織委員会副委員長として奔走してきた。大会は入場無料。実際に見てもらえれば、ラートの魅力を伝える自信があるからこそだ。そして来年の東京オリンピックの開会式、閉会式、もしくはバスケットボールのハーフタイムなどでパフォーマンスを望んでいる。「自分の演技を見て、このスポーツがどれだけ楽しいかを知ってほしい。新しい技も出します。海外の人にも秋田を知ってほしい。今後の起爆剤にしたい」。大きな夢と野心を胸に、高橋が地元で躍動する。【野上伸悟】

■ラートとは 1925年(大14)、ドイツ発祥のスポーツで、「子供の遊具」として考案された。諸説あるが、一説では馬車の車輪に子供が張り付いて遊んだのが起源とも言われる。ドイツ語で車輪、ホイール、輪を意味する。2つの金属製の輪を約50センチ幅のバーで平行につなげた器具を使い行う体操の一種。輪の直径は身長プラス35~45センチが適している。競技としては3種目あり「直転」は2つの輪を床に接地させた状態で、前後に回転しながら行う。「斜転」は片方の輪のみを接地させ、斜めに傾いたまま回転。「跳転」は転がしたラートに跳び乗ったり、越えたりしてから着地までを行うアクロバチックな種目。体操競技のように構成点、難度点、実施点などから採点される。日本には1989年に当時東海大教授の長谷川聖修氏(現筑波大教授)がドイツから持ち帰り普及を始めた。競技スポーツだけではなく、子供から老人まで楽しめる生涯スポーツ、障害者のリハビリにも使用されている。主にドイツほか欧州で盛んで、サーカスなどでも演じられる。日本での競技人口は約500人。

◆高橋靖彦(たかはし・やすひこ)1985年(昭60)5月12日、秋田県仙北市角館町出身。角館東小4年から野球を始め、角館中、角館高と野球部で内野手。1浪後、筑波大体育専門学群に進学。ケガの影響で硬式野球部を退部後、2年から体操部でラートを始める。13年、筑波大学院人間総合科学研究科修了。12年の全日本ラート選手権で初優勝し、13年世界選手権でドイツ人以外では初となる総合優勝、15年に2連覇達成。14年の世界チームカップでは日本の初優勝に貢献。18年の世界選手権では2大会ぶり3度目の総合優勝(史上初)。全日本選手権は12年から個人総合7連覇中。178センチ、77キロ。家族は両親と姉。