入門に最適タグラグビー 遊び感覚で楕円球に親しむ

タグラグビーを指導する今泉氏

<ラグビー流 Education>

ラグビーワールドカップ(W杯)が盛り上がる中、今月から毎週日曜日は「ラグビー流 Education」です。W杯をきっかけにラグビーに興味を持ったジュニアも多いはず。では、どうしたら子どもをラグビーに親しませることができるのか。元日本代表の今泉清氏(52)はラグビーへの導入として「タグラグビー」を推奨、小学校などで指導しています。また、高校ラグビーの名門・桐蔭学園(神奈川)を率いる藤原秀之監督(51)は遊び感覚で楕円(だえん)球に慣れることを勧めます。(以下敬称略)

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W杯では大男たちによる迫力ある肉弾戦が繰り広げられ、特に恐怖心を乗り越えて相手に向かうタックルは、見る者の心を揺さぶります。でも、ラグビーに興味を抱いた子どもに、すぐにタックルを教えるというのは時期尚早です。

今泉 体ができていない子どもはバランスがとれないので、ケガにつながりかねない。基本的に日本では8歳から接触プレーが許されていますが、ニュージーランドではタックルは10歳以上と指導しています。

そこで、タックルなしでラグビーを体感できるのがタグラグビーだ。今泉氏は9月に横浜市・浅間台小でラグビー教室を行った。W杯開催を契機にスポーツへの関心を高めてもらうため、横浜市西区の地域振興課が企画したもの。実技編では5年生を対象にタグラグビーを指導した。

タグラグビーは、全員が「タグ」と呼ばれる帯状の布を左右の腰につけ、これを奪うのがタックル代わりになる。タグを奪われた選手は止まって、球をパスしなければならない。走ってボールをつないで、ゴールラインまでボールを運べばトライとなる。前方にパスしてはいけないスローフォワードはあるが、スクラムはなし。相手をつかむ、ぶつかるなどの身体接触は禁止されており、安全に楽しめるというものだ。

今泉 相手に当たることではなく、まず走って相手を抜くステップを覚えてほしいですね。その楽しさと爽快感を知ってほしい。

最初こそ楕円球に戸惑う児童もいたが、時間がたつにつれて慣れ、ボールを持った子の後ろを走ってパスを受ける動きもできるようになった。今泉氏は審判しながら、誰にパスを出したら効果的か、流れの中で声をかけ続けた。

今泉 球を前に投げられないので、多くの子がボールに触れられる。その中でも積極性など個人差はあるので、なかなかボールをもらえない子にパスが渡るように、僕が誘導することもある。できるだけ全員が球に触れられるように。

20分もすると、児童同士で声を掛け合ってボールをつなぐようになったり、休憩時間に作戦を考えだしたりする姿もみられた。

今泉 小学生は3回くらい教えれば、すっかり覚えますね。女子の方がよく質問したり、声を出したりして、覚えが早いこともあります。グラウンドだけでなく、フットサル場や体育館などでもできます。

1時間弱の指導を受けた児童たちはよほど楽しかったらしく、最後は今泉氏に「また、来てください!」と熱心に頼んでいた。

桐蔭学園ラグビー部でも今夏に子どもとのふれあいがあった。近隣地域の小学生と保護者を対象としたラグビー教室だ。

藤原 写真撮影など、なごやかに始まって、難しい技術指導はいっさいなし。生徒がうまくコミュニケーションを取りながら「ボールを持って相手を抜いてみよう」「単純に走って、高校生と1対1だ」「次はみんなが守っているこのエリアを抜けてみよう」と…。子どもは抜くのが楽しい。これが、ラグビーの醍醐味(だいごみ)です。

中には相手から逃れようとする小学生を高校生が半分ふざけて持ち上げ、笑いを誘う場面も。子どもたちはすっかり夢中になる。

藤原 型通りにやったら駄目だと思いました。型通りだと子どもは飽きちゃうし、話をきかない。聞いていても集中力が続かない。大人がつくったものは、子どもには面白くないのかもしれない。スポーツはそもそも遊び。遊びから始まった方が面白いだろうと、危なくなければ何をしてもいいという感じでした。

かつての子どもは近所の仲間と独自の遊びを考え、人数や年齢に応じて独自ルールを加えて楽しんだ。その感覚だという。

藤原 入り口は堅くない方がいい。まず、ボールに触らせて走らせる。ボールの形が、他の競技と違う点に興味を持ったら、「じゃあ、蹴ってみよう」「次は投げてみよう」。さらに、受け取れるようになって、ゲーム感覚になっていけばもっといいと思います。

スポーツ=遊び、楽しさから入ることを勧めた。

◆今泉清(いまいずみ・きよし)1967年(昭42)生まれ、大分市出身。6歳でラグビーを始め、大分舞鶴高ではフランカー、早大でBKに転向し、主にFBとしてプレーした。華麗なステップと正確なプレースキックで、大学選手権2回優勝(87、89年度)、87年度日本選手権では東芝府中(当時)を破っての優勝に貢献。ニュージーランド留学後、サントリー入り。95年W杯日本代表、キャップ8。01年に引退した後は早大などの指導、日刊スポーツなどでの評論・解説、講演など幅広く活躍。

◆藤原秀之(ふじわら・ひでゆき)1968年(昭43)東京生まれ。大東大第一高でラグビーを始め、85年度全国選手権でWTBとして優勝。日体大に進む。卒業後の90年に桐蔭学園高で保健体育の教員、ラグビー部のコーチとなり、02年から監督に。同部は全国選手権に96年度初出場、昨年度まで4回連続17度出場。決勝進出6回、優勝1回(10年度、東福岡との両校優勝)で、当時のメンバーに日本代表の松島幸太朗がいる。全国選抜大会では17年から3連覇。今や「東の横綱」と呼ばれるまでに同部を育てた。