石坂浩二が羽生結弦にエール「謙信の心を胸に翔べ」

「謙信の心を胸に翔べ!」と羽生結弦へのメッセージを書き込んだ石坂浩二(撮影・野上伸悟)

フィギュアスケートの世界選手権(ストックホルム)が24日、開幕する。

4年ぶり3度目の優勝を目指す男子の羽生結弦(26=ANA)は、昨年12月の全日本選手権で今季のフリー曲「天と地と」を披露。69年の同名NHK大河ドラマに主演した俳優石坂浩二(79)が取材に応じ、同じ境地で戦国武将の上杉謙信を演じる羽生へ、本紙を通じて「謙信の心を胸に 翔(と)べ!」とエールを送った。

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石坂は「うれしかった」という。昨年末の全日本。羽生が「天と地と」を舞う姿を生中継で見て「事前に関係者から聞いたんですが本当か信じられなくて。琵琶の音を聞き、本当だと思った時、背筋がスッと伸びましたね」と目を細めた。

27歳の時を思い出す。初の大河主演。26歳の羽生とほぼ同じ年頃で上杉謙信になった。武田信玄との「川中島の戦い」を描いた作品で、そのオープニング曲を冨田勲さん(16年逝去)が作曲。石坂は「初日の撮影がタイトルバックで、甲冑(かっちゅう)を着て、いきなり現場で聴かせていただいたのが冨田先生の音楽でした。荘厳で、風が渡るように曲が動いていて」。

半世紀後、川中島がある長野で羽生がよみがえらせた。「孫ができたみたい」と笑い「自分と同じ役で、同じ気持ちをすくい取ってくれた気がして。よく『息子が似てきた』と話す父親の気持ちが分かります。年齢的には孫でしたけど」。

結果はノーミス。国際連盟非公認の参考記録ながら自己ベストの215・83点が出た。羽生が選曲、編集まで手掛けていた。石坂は「一般的なメロディーと違ってカウンターのような音や節がない。万が一ミスしたら、どう入り直すのか案じていたら…完璧。見入ってしまいまして、途中から曲が聴こえなくなった。演技のことしか覚えていないんです」と引き込まれた。

演技後、羽生は「戦の神様も、戦いに犠牲があることへの葛藤から出家した。悟りの境地に達した謙信公の価値観や美学が自分と似ているのかな」と境遇を重ねた。石坂は理解を示す。「謙信は、さらに1つ上を目指そうという気持ちで、自らを叱咤(しった)激励するために出家したんでしょう」。コロナ禍にも触れ「戦乱の世は、ある意味で今の時代と似た感がある。その中で『天と地と』を選んだことは羽生選手の慧眼(けいがん)であり、選曲自体が立ち向かうメッセージになる」と受け止めた。

「毘沙門天を敬い、領地獲得のために戦ったわけではない」と石坂が評す姿も羽生に重なるという。「謙信は信仰にいちず。羽生選手も1つのプログラムに懸ける思いが尋常ではない。全日本は必死に見たんですけど、演技のすごみで音楽を忘れました」と感服した。

過去の記憶もある。羽生の演技で、特に覚えているのは14年のNHK杯(大阪)という。3週間前の中国杯で衝突し、血を流した後の療養後。4位だった。「自分は『天と地と』の撮影で、だんだん老けて、偉くなっていく謙信を演じました。大事にしたのは目線の高さ。若いころは下げ、年を重ねるにつれて上げて。羽生選手の復帰戦は目線が低かったと感じました」。

一方、その直後に優勝したグランプリファイナル、右足首の負傷明けで2連覇した18年平昌五輪などは「違った」と証言する。「目線の高さが一定でした。去年の全日本も、一貫して同じ高さを見ていて迷いがなかった。力強さ、自信も感じました。癖で役者っぽく見てしまうんですけど」。名優の勘は当たっていた。

再び「王者の目線」を取り戻した羽生。世界選手権へ石坂は「また音楽を聴く余裕を与えてくれない、素晴らしい演技を見せてくれるはず」と期待し、色紙に「羽生結弦さんへ 謙信の心を胸に 翔べ!」と願いを込めた。「52年前の撮影では、よろいは重いし、体に食い込んで痛いし、最初はすぐ脱いでいました。ところが最後は、よろいを着たまま食事したり休憩できて、演技もなじんできて。羽生選手も、同じでしょう」。全日本から3カ月。進化が見られる27日のフリーが待ち遠しい。【木下淳】

◆石坂浩二(いしざか・こうじ)1941年(昭16)6月20日、東京府東京市(当時)生まれ。本名・武藤兵吉。慶大法学部在学中から演劇に熱を入れ、TBS系「潮騒」で62年に本格デビュー。劇団四季出身。大河ドラマは65年「太閤記」など出演11回。75年「元禄太平記」など主演3回を誇る。76年の映画「犬神家の一族」の金田一耕助役で新境地。二科展入選歴がある絵画やプロ級の腕前を持つプラモデル製作など多趣味。野球は阪神ファン。特別出演の映画「ゾッキ」が4月2日から全国公開される。177センチ、血液型O。