92年バルセロナ五輪柔道男子71キロ級金メダルの「平成の三四郎」こと古賀稔彦氏が24日、死去した。53歳だった。
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古賀さんは女子の指導者として、多くの名選手を育成した。現役引退後に女子代表コーチを務め、04年アテネ五輪女子63キロ級金メダルの谷本歩実を金メダルに導いた。二人三脚で指導し、決勝の畳に向かう直前には耳元で「畳の上で一本を取る女優を演じてこい」と“決めぜりふ”で発奮させた。料理上手の清掃好きで女心をよく理解し、谷本の絶大なる信頼を得た。
指導で最も大事にすることは技術ではなく「勝負に対する心」。その選手が、いかに試合で集中できるかを常に考えた。自然体で臨めるように良い雰囲気づくりを心掛け、選手と真剣に向き合った。01年ミュンヘン世界選手権時には谷本に「優勝したら肩車をしよう」と約束したが、実現ならず。「負けて悔しいだろうが、俺の方がもっと悔しいよ」と言うなどして一緒に戦った。谷本はこの言葉が胸に響き、より柔道の技術を追求するようになった。
環太平洋大では07年から総監督を務めていた。16年リオデジャネイロ五輪女子78キロ級代表の梅木真美や、昨年7月に自主退学した東京五輪女子78キロ超級代表の素根輝らを指導した。平成の三四郎は、指導者としても資質に優れた天才だった。【峯岸佑樹】