日本人7年ぶりF1参戦の角田裕毅「去年は学びのシーズン」22年の決意語る

角田裕毅(2021年3月17日)

7年ぶりの日本人F1ドライバーとして21年シーズンにフル参戦した角田裕毅(21=アルファタウリ・ホンダ)が7日、リモート会見で昨年を振り返り、22年シーズンへ向けた決意を語った。

昨年3月のバーレーンGPでデビューし、7位に入りポイントを獲得。その後は失速したが、最終アブダビGPで4位に入るなど、7度の入賞で32ポイントを獲得し、総合14位に入った。ただ期待が大きかっただけに、チームメートのピエール・ガスリーに大差をつけられたことなど、本領を発揮できなかったことも否めない。それでも9月にチームは22年も角田との契約延長を発表し、今季への大きな期待を背負うことになった。

「去年はひと言で言うと学びのシーズン。4歳からレースを始めて、今年が1番毎レース苦戦した。いいこともあったが、苦戦することが多かった中で、葛藤しながら1年間、学ぶことが多かった」と1年を総括した。

開幕戦のバーレーンGPでいきなり7位となりポイントを獲得したことが、角田にとっては逆に作用した。

「バーレーンの後、F1を少し甘くみるようになった。自分の予想をさらに高く引き上げた。2戦目は表彰台をねらっていたし、自信満々だったが、逆に自信を持ちすぎた。予選で大きなミスをして、そこから大きく流れを崩し、クラッシュもした。開幕戦で持っていた自信がどんどん失われていった」

クラッシュでマシンを壊したことで、チームからはクラッシュしないように言われたという。しかし、クラッシュをしないように用心して走ることで、順位が上がらずチームへの貢献はできなくなり「負のスパイラルに陥ってしまった」。

そんな角田の状況を変えたのが、10月のトルコGP。新たなコーチ役をチームからつけられ、レースへの向き合い方を変えた。それでまで、レース場でフリー走行や予選が終わると、午後6時か7時にはレース場を後にしていた。F1を戦う中で、名のある先輩ドライバーたちが、遅くまで残り、エンジニアらと話し合いをしている姿を見て考えを変えた。

「F1チャンピオンを取ったアロンソでも、毎回1番遅くまで10時とか11時まで残ってチームと話し合いをしてた。同僚のガスリーもボクより残っていた。チームとコミュニケーションを増やすように気をつけ、みんなで車を改善していかなくてはいけないということを学び、ガスリーをまねてみようと思った」

シーズン当初はイギリスに本拠を構え「暇な時間は友達とゲームばかりして、食事もほとんどUber Eatsばかり」。しかし、チームの本拠地のあるイタリアに拠点を移してからは、チームがつけてくれたトレーナーと1日1回のメニューを組み、本格的に体力づくりにも取り組んだ。そんな自己改善の姿勢が結果に結びつくきっかけとなったのがシーズンも終盤11月のサンパウロGP(ブラジル)だったという。

「練習は1日だけでそのまま予選だったけど、かなりのペースで飛ばすことができた。予選でQ3には惜しくもいけなかったが、負のスパイラルが少しずつ消えて、最後の3戦につながった」

そして最終戦アブダビGPで今季最高の4位入賞を果たし、苦闘の1年を締めくくった。

「この1年でアップダウンをほとんど経験できた」としみじみと振り返った角田。日本人7年ぶりのF1ドライバーとしてデビューを待つ昨年の開幕前は、期待を背負い気負いもあって表彰台を目標に掲げた。

2年目となる22年シーズンへ向け「今年に向け最終戦でいい流れがつくれた。でも今年は大きく車も変わる。正直表彰台と言いたいが、まずはアブダビのフィーリングで開幕戦を終えられたらいい。レース感覚をベストな状態で開幕戦を迎えて、ポイントを取れるように頑張りたい。今年こそは、(日本GPで)鈴鹿を走れることを願っています」と堅実な目標を口にした。

デビューイヤーの苦しみからさらにスケールアップした角田の飛躍の2年目が、いよいよ始まる。